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札幌地方裁判所 昭和51年(わ)144号 判決

主文

被告人三浦寅夫、同髙野茂をいずれも罰金二〇万円に、被告人岩室武彦、同樫山英雅をいずれも罰金一〇万円に各処する。

各被告人において、右罰金を完納することができないときは、金五、〇〇〇円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。

理由

(被告人らの身上経歴及び熱量変更に至る経緯等)

被告人三浦は、昭和七年北海道庁立名寄中等学校を卒業後、直ちに北海道瓦斯株式会社(以下単に「北ガス」と言う。)に入社し、小樽営業所長、函館営業所長、札幌営業所長、取締役総務部長兼営業部長、常務取締役等を経て、昭和四八年二月からは専務取締役に就任し、代表取締役社長安西浩及び同副社長村上武雄が東京ガス株式会社の最高役員を兼任して東京に在住していたことから、札幌に常駐し専ら北ガスの業務に携る唯一の代表役員として、北ガスの平常業務を統括していたもの、

被告人髙野は、昭和三三年中央大学工学部を卒業後、直ちに北ガスに入社し、函館営業所製造係長、札幌本社工務部技術係長、営業部特需係長、同部営業技術係長等を経て、昭和四八年四月同部営業技術課長に就任し(同年一〇月トレーニングセンター課長併任)、札幌において勤務していたもの、

被告人岩室は、昭和四七年愛知県立知立高等学校商業科を卒業後、直ちに株式会社パロマに入社し、名古屋営業所営業課員として、主としてガス器具の販売を担当していたもの、

被告人樫山は、国士館大学政経学部を中途退学した後、昭和四八年四月から、ガス設備その他住宅の内部設備の販売、備付け等を業務とし、北ガスのサービス店に指定されていた札幌所在の開田住設機器株式会社に入社し、ガス器具の販売、取付け等の仕事を担当していたものである。

北ガスは、ガスの製造及び供給、ガス副生物の精製及び販売、ガス器械製作及び販売等を目的として、明治四四年に設立され、本店を札幌市中央区北四条東五丁目三七三番地に置いていたものであつて、昭和四九年当時は、札幌、小樽及び函館の道内三都市においてガス供給事業を営んでいたが、同社では、札幌市内におけるガス供給効率の向上を図るため、かねてより同市内の需要家に供給するガスの熱量を増大させるいわゆる熱量変更を考慮し、昭和四九年一月には、被告人三浦に委嘱されて熱量変更の実施時期等を検討してきたカロリーアップ準備委員会から、「昭和五〇年一〇月一日を熱量変更の実施時期として速やかにその準備に着手すべきである。」旨の答申書が提出されていたところ、昭和四九年二月、同年度の予算案を審議する過程において、高額の設備投資を必要とする導管敷設工事に代え、熱量変更を同年中に実施することによつて必要なガス供給能力を確保するとの計画案が急遽浮上し、昭和四九年一〇月一六日を期して札幌市内の需要家に供給する都市ガスの熱量を一立方メートル当たり三、六〇〇キロカロリーの四Cガスから同五、〇〇〇キロカロリーの六Bガスに変更する旨の熱量変更計画が立案、実施される運びとなつた。

(罪となるべき事実)

北ガスが昭和四九年二月以降札幌市内において前記熱量変更計画を逐次立案、実施していくに当たり、

被告人三浦は、当初は北ガスの平常業務を統括する専務取締役として、次いで昭和四九年三月四日以降は同計画を具体化するために設置されたカロリーアップ委員会の委員長として、更に同年六月一〇日以降は同計画の実施に備えて設置された熱量変更本部の本部長として、各需要家の保有するガス器具を六Bガスに適合するよう調整する作業を含む同計画の立案、実施業務全般を指揮統括する業務に従事していたもの、

被告人髙野は、当初は北ガスの営業部営業技術課長として、次いで昭和四九年三月四日以降は右カロリーアップ委員会の事務局員として、また同年六月一〇日以降は右熱量変更本部のもとに設置された熱量変更推進部技術局長として、更に全期間を通じて北ガスにおける熱量変更の専門技術者として、各需要家の保有するガス器具を六Bガスに適合するよう調整する作業の立案、実施を指導統括する業務に従事していたもの、

被告人岩室は、株式会社パロマから北ガスへ応援派遣され、昭和四九年七月二〇日ころ来札、約一週間教育を受け、同年八月一日以降、各需要家を訪問してその保有するガス器具を六Bガスに適合するよう調整する現場作業の業務に従事していたもの、

被告人樫山は、昭和四九年七月二〇日開田住設機器株式会社から北ガスへ応援派遣され、約一週間教育を受けた後、同年八月一日以降、各需要家を訪問してその保有するガス器具を六Bガスに適合するよう調整する現場作業の業務に従事していたものであるが、

第一(山口マンション事件)

1被告人三浦、同髙野は、各需要家の保有するガス器具を六Bガスに適合するよう調整する前記作業に調整欠落、調整不良などの調整過誤があるときは、熱量変更後需要家らが調整過誤に係るガス器具を使用した場合、ガスの不適合から不完全燃焼により多量の一酸化炭素が発生し、その結果右需要家らが一酸化炭素中毒により死傷するおそれがあつたのであるから、右調整作業の立案、実施に際し、まず、調整作業開始前に各需要家の保有するガス器具につきその種類、型式、台数、必要部品等を調査するいわゆる器具の事前調査を行い、できる限り正確にあらかじめ作業対象を示し、現場で調整作業に従事する者が十分な準備のもとに効率的かつ円滑に作業を進められるよう配慮し、かつ、右事前調査によつて各種ガス器具の数量とその分布状況等を知つた上、各ガス器具ごとの調整に要する時間を適正に算出し、全体及び各地区の作業量、作業内容を的確に把握するとともに、北ガス社員、ガス事業関連会社からの派遣社員、学生アルバイト等種々の者から構成される現場作業員は大部分が調整作業の未経験者であつてその作業能力等には相当のばらつきがあり得ることをも考慮し、余裕のある作業負荷を定めて必要な現場作業員を確保するなどし、現場作業員をして、終始十分な事前準備と適正な作業負荷に基づくゆとりのある状況下で確実に調整作業を行わせ、万が一にも、これら作業員が準備不足や負担過重から定められた手順を外れた措置をとつたり、杜撰な作業をして危険な調整過誤を惹き起こしたりすることのないような対策を講じ、あるいは、あり得べき現場作業員の調整過誤に備え、調整作業の際ないしその後六Bガス供給開始までの時点において、調整作業を直接担当した者以外のしかるべき係員をして、各需要家のガス器具につき調整過誤を発見、是正させるいわゆる事後点検の対策を講ずるなどし、もつて、熱量変更後需要家らに対し調整過誤に係るガス器具を使用させて一酸化炭素中毒による死傷事故を発生させることがないよう万全の措置を講ずべき業務上の注意義務があるのに、そもそも調整過誤は容易に生じ得るものではなく、仮に調整を担当する現場作業員が何らかの過誤を犯したとしても、それがそのまま看過されて熱量変更後一酸化炭素中毒による死傷事故等の大事を招来するような事態になることはなく、燃焼上若干の不具合が生ずるものが出る程度であり、したがつて右万全の措置を講ずるまでの必要はなく、現場作業員に点火試験の励行等を指示するとともに、需要家らから燃焼上の不具合に関する苦情申し出などがあつた場合にこれを受けて対処し、あるいは熱量変更後各需要家を巡回して異常の有無を尋ねることなどによつて危険を防止し得るものと軽信して、右注意義務を怠り、昭和四九年一〇月一六日を期日とする熱量変更の実施を急ぐなどの余り、一般家庭の需要家につき器具の事前調査を行わず、北ガスが昭和四八年一月から三月にかけて営業上の必要から行つた概括的な器具調査の結果を基本とし、これにメーカーの器具販売台数、需要家の伸び率、器具の普及率等を参酌して器具数等を推計し、これをもつて右事前調査に代え、調整を要する家庭用器具全体の大まかな数は把握し得たものの、調整作業に従事する現場作業員に対し、作業対象をあらかじめ的確に把握させることができず、しかも、個々の器具の調整に要する時間を適正に算出し、現場作業員の作業能力、事前調査を行わないことの作業効率に対する影響等を十分考慮した余裕のある作業負荷を採用せず、その結果、現場作業員をして、十分な準備どころか、現場に行つてみなければ何がどのくらいあるのかも分らないような状況下で、しかも連日残業をしなければ消化し得ない過重な負担を課すという、極めて調整過誤を誘発しやすいゆとりのない状況下で作業を行わせ、かつ、そのような状況下では当然あり得べき現場作業員の調整過誤につき、調整作業を直接担当した者以外のしかるべき係員をして、これを発見、是正させる事後点検も行わない調整作業計画を立案、実施した過失により、後記2の被告人岩室による調整過誤を誘発するとともに、これを看過し、

2被告人岩室は、昭和四九年九月二〇日ころ、札幌市中央区南二一条西一二丁目八七九番地一〇山口マンション一階三号室鈴鹿美紀方において、同人方のガス用風呂釜(日立ホームボイラーHC―HB―一一型内のバーナーHGA―一一型)の調整作業を担当した際、同風呂釜については、パイロットノズルをPS―五型のものと交換するほか、メインノズルに口径三・九ミリメートルのインサートを打ち込んでガスの噴出量を減少させるよう調整しなければ、熱量変更後需要家らがこれを使用した場合、ガスの不適合から不完全燃焼により多量の一酸化炭素が発生し、右需要家らが一酸化炭素中毒により死傷するおそれがあつたのであるから、所定の方法により完全に調整を実施し、もつて、右一酸化炭素中毒による死傷事故を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、メインノズルのあるバーナー部分を取り出そうとしたところ、バーナー下部にある二本のビスが堅く固着していて容易に取りはずすことができなかつたため、メインノズルに所定のインサートを打ち込んでおらず、単にパイロットノズルを所定のものと交換しただけであつたにもかかわらず、次の作業を急ぐ余り、調整を完了したものと思い込み、調整済みのシールを同風呂釜に貼付するとともに、所属の作業基地に作業結果を報告するためのガス器具調整(調査)カードにも、右鈴鹿方の器具調整は全て完了した旨の表示をし、適正に調整を行わなかつた過失により、

3それぞれ、熱量変更後の昭和四九年一〇月一七日午前零時過ぎころから同日午前三時ころまでの間、前記鈴鹿美紀方において、事情を知らない同人(当時二一歳)及びたまたま来訪していた佐々木敬子(当時一八歳)をして、調整過誤に係る前記風呂釜を使用するに至らせて、ガスの不完全燃焼により多量の一酸化炭素を発生させ、よつて、そのころ、同所において、右両名をして、一酸化炭素中毒により各死亡するに至らしめるとともに、燃焼を続ける同風呂釜から発生して充満した一酸化炭素を階上に漏出させ、同日夕刻ころまでの間に、前記山口マンション二階一号室に居住し前夜来在室していた中雪子(当時二三歳)に対し加療約六日間を要する急性一酸化炭素中毒、同所へ同日午前一〇時ころから来訪していた豊島栄美子(当時二五歳)に対し加療約二日間を要する急性一酸化炭素中毒の各傷害を負わせ、

第二(野本マンション事件)

1被告人三浦、同髙野は、前記第一1記載のとおり、熱量変更後需要家らに対し調整過誤に係るガス器具を使用させて一酸化炭素中毒による死傷事故を発生させることがないよう万全の措置を講ずべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、現場作業員をして、準備不足と負担過重に由来する調整過誤を誘発しやすいゆとりのない状況下で作業を行わせ、かつ、事後点検も行わない調整作業計画を立案、実施した過失により、後記2の被告人樫山による調整過誤を誘発するとともに、これを看過し、

2被告人樫山は、昭和四九年九月二一日ころ、札幌市中央区南一一条西七丁目一、〇四七番地野本マンション二階五号室前多勝次方において、ガス瞬間湯沸器(ダンホットS五―一)の調整作業を担当した際、同湯沸器については、ノズル元管を四Cガス用元管から六Bガス用元管に交換し、更に内圧を五七ミリメートル水柱に調節してガスの噴出量を減少させるよう調整しなければ、熱量変更後需要家らがこれを使用した場合、ガスの不適合から不完全燃焼により多量の一酸化炭素が発生し、右需要家らが一酸化炭素中毒により死傷するおそれがあつたのであるから、所定の方法により完全に調整を実施し、もつて、右一酸化炭素中毒による死傷事故を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、同湯沸器の外蓋、元管を取り外すなどして調整に着手したものの、あらかじめ同湯沸器のあることを把握しておらず、調整に必要な所定の元管を携行していなかつたことから、結局その場で調整を行うには至らず、翌日自ら再訪して調整することとし、一旦取り外した右外蓋、元管を元どおりに取り付けた上、未調整であるから一〇月一六日以降は使用できない旨の警告シールは貼付せず、所属の作業基地に作業結果を報告するためのガス器具調整(調査)カードにも、未調整器具があることを付記しないで右前多方の器具調整は全て完了した旨の表示をしておいたにもかかわらず、作業に追われる余り、調整未了であることを失念して再訪せず、適正に調整を行わなかつた過失により、

3それぞれ、熱量変更後の昭和四九年一〇月一九日午前二時過ぎころから同日午前一〇時ころまでの間、前記前多勝次方において、事情を知らない同人(当時二九歳)及びたまたま来訪していた岸川順子(当時二六歳)をして、調整過誤に係る前記湯沸器を使用するに至らせて、ガスの不完全燃焼により多量の一酸化炭素を発生させ、よつて、そのころ、同所において、右両名をして、一酸化炭素中毒により各死亡するに至らしめたものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人三浦の判示第一及び第二の所為、被告人髙野の判示第一及び第二の所為、被告人岩室の判示第一の所為、被告人樫山の判示第二の所為は、それぞれ各被害者ごとに刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するが、右はいずれも一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により、被告人三浦、同髙野については犯情の最も重い被害者前多勝次に対する罪の刑で、被告人岩室については犯情の最も重い被害者鈴鹿美紀に対する罪の刑で、被告人樫山については犯情の重い被害者前多勝次に対する罪の刑でそれぞれ処断することとし、後記情状により、各所定刑中いずれも罰金刑を選択し、その金額の範囲内で、被告人三浦、同髙野をいずれも罰金二〇万円に、被告人岩室、同樫山をいずれも罰金一〇万円に各処し、各被告人において右の罰金を完納することができないときは、同法一八条により金五、〇〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項但し書を適用して被告人らには負担させないこととする。

(弁護人の主張に対する判断)

被告人三浦、同髙野、同岩室の各弁護人は、それぞれ、多岐にわたる問題点を指摘して犯罪の成否を争い、無罪を主張しているので、以下主要な争点につき、順次付加説明することとする。

第一  山口マンション事件における調整過誤及び因果関係

一被告人岩室による調整過誤の存否について

被告人髙野、同岩室の各弁護人は、山口マンション事件につき、被告人岩室が判示風呂釜の調整を担当したことは認めながらも、同被告人がそのメインノズルに所定のインサートを打ち込むことを怠つたとの点は、いまだ立証が不十分であると主張する。

1しかし、関係各証拠によれば、次の事実を認めることができる。すなわち、

(一) 北海道警察本部犯罪科学研究所研究員中島富士雄は、本件事故発生後の昭和四九年一〇月二一日から同月二八日までの間に、犯罪科学研究所において、本件風呂釜を分解検査したところ、パイロットノズルは新しいノズルに交換されていたが、メインノズルについて見分しようとすると、バーナー上部にあるビス一本とこれによつて固定される反射鏡(燃焼状態確認用のもの)は取り外されたままになつている一方、バーナー下部にある二本のビスのネジ山は、いずれも痛み荒れていて使用に耐えず、ドライバーで回し得るような状態にはなく、しかも、二本ともあかがこびりついたままであり、燃料用灯油をしみ込ませた上、ウォーターポンププライヤーを用い、ビスを周囲から締めつけて回すことにより、ようやくこれらを取り外すことができたものであつて、右二本のビスには全く取り外された形跡がなく、次いで、同人は、バーナーのバルブをボディから取り出そうとしたところ、本来であれば容易に引き抜けるはずの部分がきつく固着していて抜けず、再度灯油をしみ込ませた上、あおるようにして抜くことにより、ようやくこれを取り出すことができたものであつて、右バーナーのバルブにはそのころ取り外された形跡が全くなかつた。このようにしてメインノズルを取り出してみると、そこにはインサートが打ち込まれておらず、一旦打ち込まれたインサートが脱落した様子はなかつた。

(二) 北ガス社員中田時雄は、昭和四九年一〇月二八日、前記犯罪科学研究所において、本件風呂釜を分解検査したが、その際にもやはりメインノズルにインサートは打ち込まれておらず、メインノズルの内側にインサートを打ち込んだときに生ずる傷痕が見当たらなかつた。

(三) インサートの取付けは、最初手で三分の二程度挿入した後ハンマーで打ち込む方法によるのであるが、正規のインサートが打ち込まれれば、振動やガス噴出の圧力程度で容易に脱落するものではなく、インサートの選択を誤れば、そもそも挿入できないか、ハンマーを用いるまでもなく入つてしまうので、インサートを誤つたことはその場で容易に気付き得るものである。

(四) 本件風呂釜のバーナー上部にあるビス一本とこれによつて固定される反射鏡は、昭和四九年一〇月一八日、事故現場である浴室内風呂釜近くの床隅に、取り外された状態で置かれていた。なお、弁護人は、何者かが事故後ほしいままにこれらを取り外してそこに置いたのではないかとの疑問を呈するが、事故発生後の現場保存状況及び証拠物である風呂釜の保管状況にかんがみ、そのような作為の加わる余地がなかつたことは明らかである。また、弁護人は、被告人岩室が本件調整作業を行つたのは同年九月二〇日ころであり、その際同被告人が取り外してその付近に置いたビスや反射鏡が一か月近く後の一〇月一八日になお前記場所に存在したというのは不自然であるとも言うが、格別不自然とは考えられない。

以上の事実が認められる。

2これらによれば、被告人岩室が本件風呂釜のメインノズルに所定のインサートを打ち込むことを怠つたことは明らかである。そして、右に符合する被告人岩室の検察官に対する供述調書の内容は、動かし難い状況事実を踏まえて記憶を喚起しつつ組み立てた本人の供述として、十分証拠価値を持つているものと認められる。

したがつて、前記弁護人の主張は、採用できない。

二調整過誤と死傷事故との因果関係について

被告人三浦、同髙野、同岩室の各弁護人は、本件死傷事故の原因は、判示鈴鹿方浴室の排気設備が極めて不良であつたことにあり、あるいは、供給ガスの性状及び供給圧力が解明不十分であるなどとして、被告人岩室による調整過誤と右死傷事故との間には因果関係がない旨主張する。

1本件死傷事故の原因が何であるかについては、事故当時の状況を再現して六Bガスによる燃焼実験を行い、その結果に基づいて作成された鑑定書等が存在するが、右鑑定書等の証拠価値を評価するに当たつては、そのいずれにおいても、事故当時の状況を再現するためにそれぞれ尽力したことは認められるものの、その再現性にはおのずから限界があることに留意しなければならない。すなわち、鈴鹿方浴室に擬した浴室を使用した実験にあつては、程度の差はあるにせよ、現場浴室を忠実に再現すること自体が困難であり、また、模擬浴室及び現場浴室を使用した各実験を通じて一般に、室内外の気温、風速、風向等の気象条件の再現は不可能であり、更に、事故当時の本件風呂釜付近におけるガスの圧力も詳細は不明であるなど様々な不確定要素を免れず、これらの要素は、それぞれ結果に相当の影響を及ぼし得るものであるから、いずれの実験結果についても、これを細部にわたつて絶対視することは到底できないものと言わなければならない。右鑑定書等は、以上の事情を踏まえた上で、排気設備不良ないし調整過誤と死傷事故との関係について大まかな傾向を知る手掛りとする限度で利用すべきものと考えられる。

2ところで、関係各証拠によれば、次の事実を認めることができる。すなわち、

(一) 鈴鹿方浴室の排気設備は、煙筒の一部に径の不足があり、本件風呂釜の正規煙筒は直径九〇ミリメートルであるはずのところ、直径が七〇ないし七五ミリメートル程度にとどまる部分が大半を占めていたこと、煙筒に曲がりが多く、また立ち上がり部分に比して横引き部分が長かつたこと、建物外部に出た煙筒には壁に接するように直ちにトップが取り付けられていて、立ち上がり部分が全くなく、屋根上約六〇センチメートルまで立ち上がり部分を設けるべきものとする正規の取付方法とは著しい相違があり、風が建物に当たつた際に生ずる風圧帯の影響をまともに受けやすい状態にあつたことなど、排気能力に多大の問題を含んでいた。

(二) しかも、右煙筒内の排気トップからやや内側に鳥の巣が存在しており、その巣は、片側からくる光を完全にさえぎるほどの密度と形状を持つていたのであつて、元来多大の問題を含んでいた本件排気設備の能力を更に著しく減退させていた。

(三) このため、風呂釜自体には何ら問題のなかつた本件熱量変更以前の時点においても、鈴鹿方の家人は、入浴中に追い炊きをした際などには、排気不良に由来する不完全燃焼のため、頭痛を感ずることがあり、浴室の戸を開放することなどでこれに対処していた。しかし、本件熱量変更以前の時点では、排気不良による不完全燃焼の影響は、右の程度にとどまつており、深刻な一酸化炭素中毒症状や一酸化炭素中毒死をもたらすことはなかつた。

(四) 本件死傷事故は、熱量変更実施の翌日直ちに発生している。

(五) 一酸化炭素が人体に及ぼす危険性は、空気中の一酸化炭素濃度、吸気時間及びその際の身体の動静等によつて大きく左右されるが、空気中の一酸化炭素濃度が二、〇〇〇ppm程度に達するときは、短時間のうちに生命にかかわる極めて危険な状態である。

3次に、前記鑑定書等により、本件風呂釜使用に伴う一酸化炭素の発生状況を見てみると、以下の実験結果が認められる。

(一) まず、司法警察職員秋本勝美作成の「一酸化炭素中毒事故のガス器具に対する検査および器具の燃焼実験について」と題する報告書(山口マンション事件に関するもの)によれば、北海道警察本部刑事部犯罪科学研究所物理科長田中三宏、同研究員中島富士雄の両名が担当して、本件死傷事故直後の昭和四九年一〇月二一日及び同月二九日本件浴室において本件風呂釜を使用して燃焼実験を行い、浴室内床上一・五メートルの場所で一酸化炭素濃度を測定したところ、①四Cガス用のメインノズルと事故当時の排気設備を用いたときは(四C、巣有)、燃焼開始後一〇分で二、〇〇〇ppm(二一日実験)、あるいは同一〇分で一、二〇〇ppm、同二〇分で三、〇〇〇ppm弱(二九日実験)などという高い数値が示されたのに対し、②六Bガス用のメインノズルと事故当時の排気設備を用いたときは(六B、巣有)、燃焼開始後六〇分を経過しても三〇〇ppm弱(二九日実験)、また、③四Cガス用のメインノズルと鳥の巣のある煙筒をこれのない煙筒に置き換えた排気設備を用いたときは(四C、巣無)、同三〇分で三五〇ppm(二一日実験)などといういずれも低い数値が示された。

(二) 次に、北海道大学工学部教授深沢正一外一名作成の「山口マンション事件鑑定書」によれば、本件浴室に似せた模擬浴室において本件風呂釜を使用して燃焼実験を行い、浴室内床上一・五メートルの場所で一酸化炭素濃度を測定したところ、①四Cガス用のメインノズルと事故当時の排気設備を用いたときは(四C、巣有)、燃焼開始後一〇分で、ガス圧一〇〇ミリメートル水柱の場合四、〇〇〇ppm、ガス圧一二三ミリメートル水柱の場合六、五〇〇ppmなどという高い数値が示されたのに対し、②六Bガス用のメインノズルと事故当時の排気設備を用いたときは(六B、巣有)、同四〇分で、ガス圧一一〇ミリメートル水柱の場合一一五ppm、ガス圧一三八ミリメートル水柱の場合五六〇ppmなどという低い数値が示されており、また、③四Cガス用のメインノズルと鳥の巣のある煙筒をこれのない煙筒(材質は異なるが、内径同一、取付方法もほぼ同様)に置き換えた排気設備を用いたときは(四C、巣無)、ガス圧一〇四ミリメートル水柱の場合燃焼開始後三〇分で一、〇〇五ppm、ガス圧一二三ミリメートル水柱の場合同二五分で二、五〇〇ppmなどという数値が示された。

なお、浴室ドアを開くことにより浴室内一酸化炭素濃度は直ちに三分の一ないし四分の一に低下した。

更に、風呂釜熱交器フィン上から採取測定された燃焼排ガス中の一酸化炭素濃度を見てみると、燃焼開始後一分で①四C、巣有、ガス圧一〇〇ミリメートル水柱の場合八、六〇〇ppm、同一二三ミリメートル水柱の場合一万八、二〇〇ppm、②四C、巣無、ガス圧一〇四ミリメートル水柱の場合八、八〇〇ppm、同一二三ミリメートル水柱の場合一万五、〇〇〇ppmという値が示されている。

(三) また、財団法人日本ガス機器検査協会安全研究所長織田好雄作成の鑑定書によれば、本件浴室に近似する模擬浴室において本件風呂釜を使用して燃焼実験を行い、浴室内床上一・五メートルの場所で一酸化炭素濃度を測定したところ、①四Cガス用のメインノズルと事故当時の排気設備(鳥の巣はグラスウールによる模擬物)を用いたときは(四C、巣有)、ガス圧一〇〇ミリメートルの場合燃焼開始後四分で一、三一〇ppm、同一〇分で三、九六五ppm、ガス圧一二〇ミリメートル水柱の場合同四分で二、四〇〇ppm、同九分で五、〇〇〇ppmなどと高い数値が示されたのに対し、②六Bガス用のメインノズルと事故当時の排気設備(前同)を用いたときは(六B、巣有)、ガス圧一〇〇ミリメートル水柱の場合燃焼開始後一〇分では一〇八ppm、同六〇分でも四五〇ppm、ガス圧一二〇ミリメートル水柱の場合同一〇分で二八四ppm、同五八分で一、二六〇ppm、ガス圧一六〇ミリメートル水柱の場合は同二二分で一、六三〇ppm、同五八分で二、四九〇ppmなどという数値が示されている。また、③四Cガス用のメインノズルと鳥の巣の模擬物のある煙筒をこれのない煙筒に置き換えた排気設備(材質形状取付方法は同じ)を用いたときは(四C、巣無)、ガス圧一〇〇ミリメートル水柱の場合燃焼開始後五八分で七八〇ppm、ガス圧一二〇ミリメートル水柱の場合同六〇分で一、一九〇ppmなどという数値が示され、④四Cガス用のメインノズルと径不足、立ち上がり不足、鳥の巣などの欠陥を有しない正規の排気設備を用いたときは(四C、正規)、ガス圧一六〇ミリメートル水柱の場合燃焼開始後五〇分で九〇〇ppmなどという数値が示されている。

なお、四C、巣無、ガス圧一六〇ミリメートル水柱の実験で、浴室ドアを開け、人が湯をかくはんする動作に模して扇風機を十数秒間作動させ、ドアを開けてから二〇秒後にドアを閉じた場合、浴室内の一酸化炭素濃度は、二、一二八ppmから九五〇ppmに低下し、これがドアを開く直前の濃度まで回復するのに二〇分を要した。

更に、右実験に際し、バフラー下部から採取測定された燃焼排ガス中の一酸化炭素濃度を見てみると、①四C、巣有、ガス圧一〇〇ミリメートル水柱の場合、燃焼開始後七分で一万四、五〇〇ppm、同ガス圧一二〇ミリメートル水柱の場合、同六分で二万四、〇〇〇ppm、②四C、巣無、ガス圧一〇〇ミリメートル水柱の場合、燃焼開始後六分で五、九〇〇ppm、同ガス圧一二〇ミリメートル水柱の場合、同二〇分で一万三、八〇〇ppm、③四C、正規、ガス圧一六〇ミリメートル水柱の場合、燃焼開始後六分で一万六、〇〇〇ppmなどといつた数値が示されるのに対し、④六B、巣有、ガス圧一〇〇ミリメートル水柱の場合、燃焼開始後六分では一九五ppm、同六〇分後で八一〇ppm、同ガス圧一二〇ミリメートル水柱の場合、同六分で四七三ppm、同五八分で一、九六〇ppm、同ガス圧一六〇ミリメートル水柱の場合でも同六分では一、六〇〇ppm、同五八分で六、〇〇〇ppmなどという数値が示されている。

以上(一)ないし(三)の各実験結果は、実験設備等を異にする場合はもとより、同一設備による実験相互間においても、浴室内外の温度差などある程度の条件の相違は免れないので、単純にこれらの数値を比較することはできないが、右の各実験結果を通観すると、本件浴室においては、排気設備に前述のような欠陥があつたため、風呂釜が正規に調整されていても、排気不良が不完全燃焼を誘発し、若干の一酸化炭素が発生するものの、通常のガス圧、使用方法では浴室内の一酸化炭素濃度が人体に死傷を及ぼすほど危険な値に達することはないこと、しかし、四Cガス用のメインノズルで六Bガスを燃焼させた場合には、燃焼開始直後から厖大な量の一酸化炭素が発生し(深沢鑑定書、織田鑑定書)、これに排気不良が重なると、右の高濃度の一酸化炭素を含む排ガスが浴室内にあふれ出し、たちまちのうちに浴室内空気の一酸化炭素濃度が人体に危険な数値に達することをほぼ一致して示している。

4以上見てきたところを総合すれば、本件死傷事故が被告人岩室による前記調整過誤に起因し、これがなければ本件死傷事故は発生しなかつたとの条件関係を認めるに十分である。本件死傷事故が発生するについては、排気設備の能力不足が相当程度寄与していることは否定すべくもなく、同被告人の調整過誤があつても排気設備が完全であれば勿論のこと、せめて排気筒に鳥の巣だけでも存在しなければ本件のような結果は発生しなかつた蓋然性があるが、先に見たところから、同被告人の調整過誤がそれ自体大量の一酸化炭素を発生させるものであり、排気不良のもとで浴室内にあふれ出した右一酸化炭素のため、極めて短時間のうちに浴室内空気の一酸化炭素濃度が生命にかかわる危険な値にまで飛躍的に増大したことも明らかであるから、排気設備の能力不足という事情の介在は、何ら右条件関係の存在に消長を及ぼすものではない。

そして、関係各証拠によれば、昭和四九年当時の札幌地区においては気密性の高い家屋が増加して既に一般住宅の相当部分を占めるに至つており、しかもその中には排気設備に欠陥のあるものも少なからず含まれていたこと、更にこれらの事情は周知の事柄であり、とりわけガス事業にかかる被告人らは右事情を知悉していたことが認められ、本件における排気設備の欠陥程度のことは、経験上通常予想し得ない事態ではなく、調整過誤に伴つて発生する一酸化炭素がそれ自体極めて人体に対する危険性が高く、容易に死傷事故に結び付くものであることをも併せ考慮すれば、法律上の因果関係を否定すべき特段の事情は見出し得ず、因果関係の存在は明らかである。

したがつて、前記弁護人の主張は、採用することができない。

第二  野本マンション事件における調整過誤及び因果関係

一被告人樫山による調整過誤の存在について

被告人髙野の弁護人は、野本マンション事件につき、判示湯沸器に調整過誤があつたことは認めながらも、同湯沸器の調整を担当したのは、被告人樫山ではなくて西尾曻であつた疑いがあるとして、判示事実を争つている。

しかし、被告人樫山は、一貫して判示のとおり調整過誤を犯したことを自認しており、右供述の信用性に疑念を生じさせるような事情は、いささかも見当たらないところ、関係各証拠によれば、西尾曻は、被告人樫山とともに調整員として判示前多方に赴いたことはあるものの、当該湯沸器の調整方法を知つておらず、その調整に着手することは考え難いこと、その場に居合わせた前多の友人加藤孝が見た二名の調整作業員の年齢、挙動等からも湯沸器を担当したのは被告人樫山の方であつたとうかがわれることが認められ、以上によれば、湯沸器の調整を担当したのが被告人樫山であつたことに疑いはない。

したがつて、弁護人の右主張は採用できない。

二調整過誤と死亡事故との因果関係について

被告人三浦、同髙野の各弁護人は、本件死亡事故の原因は、前多らが換気をしないまま長時間湯沸器を使用したことにあり、あるいは、供給ガスの性状及び供給圧力が解明不十分であるなどとして、被告人樫山による調整過誤と本件死亡事故との間には因果関係がない旨主張する。

1本件死亡事故の原因が何であるかについては、事故当時の状況を再現して六Bガスによる燃焼実験を行い、その結果に基づいて作成された鑑定書等が存在するが、右鑑定書等の証拠価値を評価するに当たつては、山口マンション事件の同種鑑定書等について前述したところがほぼ同様にあてはまるものと考えられる。

2ところで、関係各証拠によれば、次の事実を認めることができる。すなわち、

(一) 本件事故は、熱量変更実施の三日後に発生しているところ、その半年位前から週五日位前多方に泊つていた前記加藤孝が、熱量変更実施前に本件湯沸器を使用した際には、使用後頭痛がするようなことはなかつたが、熱量変更実施後本件事故の一両日前にこれを使用したときには、使用後強い頭痛がした。

(二) 熱量変更以前の時点において、本件湯沸器の使用に伴つて一酸化炭素の発生があつたことをうかがわせるような事情はなく、本件事故当時、前多方の窓や換気口は閉じられていたが、湯沸器に何らかの欠陥が生じていなければ、それだけで死亡事故などが発生するとは考え難い。本件事故当日湯沸器を洗髪に用いたことがうかがわれるが、格別異常な方法で使用したことを示すような事情はない。

(三) 空気中の一酸化炭素の人体に及ぼす一般的な危険性の程度については、山口マンション事件に関して先に認定したとおりである。

3次に、前記鑑定書等により、本件湯沸器使用に伴う一酸化炭素の発生状況を見てみると、以下の実験結果が認められる。

(一) まず、司法警察職員秋本勝美作成の「一酸化炭素中毒事故のガス器具に対する検査および器具の燃焼実験について」と題する報告書(野本マンション事件に関するもの)によれば、北海道警察本部刑事部犯罪科学研究所物理科長田中三宏及び同研究員中島富士雄の両名が担当して、本件死亡事故直後の昭和四九年一〇月二一日、同月二四日及び同月二八日本件居室において本件湯沸器を使用して燃焼実験を行い、居室内の湯沸器に近い床上約一・五メートル(二一日実験一・五メートル、二四日実験及び二八日実験各一・四五メートル)の場所で採取した空気中の一酸化炭素濃度を測定したところ、①四Cガス用元管がついた事故当時のままの湯沸器(内庄は七〇ないし八〇ミリメートル水柱)の場合は(四C)、燃焼開始後一〇分で一、六〇〇ppm(二一日実験)あるいは一、二〇〇ppm(二四日実験)、同一五分で一、五〇〇ppm(同)、同二〇分で三、〇〇〇ppm弱(同)、同三〇分で五、〇〇〇ppm強(同)という高い数値が示されたのに対し、②元管を六Bガス用の正規のものと交換した湯沸器(内庄も正規の五七ミリメートル水柱に調整)の場合は(六B)、燃焼開始後三〇分を経過しても一酸化炭素は検知されなかつた(二八日実験)。

(二) 次に、北海道大学工学部教授深沢正一外一名作成の「野本マンション事件鑑定書」によれば、本件湯沸器を使用して燃焼実験を行い、湯沸器熱交換器フィン上で排ガスを採取して一酸化炭素の排出量を求めた上、これが本件事故現場の室内に一様に拡散するものとした場合の室内空気の一酸化炭素濃度を理論的に算出したところ、①四Cガス用の元管を用いたときは(四C)、排ガス中の一酸化炭素濃度は、内圧六〇ミリメートル水柱の場合で三万三、五〇〇ppm、同五〇ミリメートル水柱の場合で九、五〇〇ppmであり、室内空気の一酸化炭素濃度は、現場の換気率(時間当たりの自然換気回数)を〇・五とすれば、内圧六〇ミリメートル水柱の場合、燃焼開始後一五分で二、一八五ppmとなるのに対し、②六Bガス用の元管を用いたときは(六B)、排ガス中の一酸化炭素濃度は、正規内圧五七ミリメートル水柱の場合一五ppm、相当の内圧過剰になる七〇ミリメートル水柱の場合でも二五ppmに過ぎず、室内空気の一酸化炭素濃度は、現場の換気率を〇・五とすれば、内圧五七ミリメートル水柱、同七〇ミリメートル水柱の場合、燃焼開始後一〇時間後でそれぞれ九・〇ppm、一五・一ppmであり、現場の換気率を〇・二と低く見積つたとしても、内圧五七ミリメートル水柱、同七〇ミリメートル水柱の場合、同一〇時間後でそれぞれ一九・八ppm、三二・九ppmという極めて低い数値が示された。

以上、(一)及び(二)の各実験結果は、本件湯沸器が正規に調整されていれば、格別の換気をすることなく本件現場で相当長時間これを使用しても一酸化炭素の発生は極く微量で、これが人体に危険を及ぼすことはほとんどないが、調整がなされず、四Cガス用の元管のままこれが使用されたときは、燃焼開始直後から多量の一酸化炭素が排出され、短時間のうちに室内空気の一酸化炭素濃度が人体に危険な量に達することを一致して示している。

4これらによれば、本件死亡事故が被告人樫山による調整過誤に起因し、これがなければ本件死亡事故は発生しなかつたとの条件関係を認めるに十分である。

そして、関係各証拠によれば、本件死亡事故は換気をしないまま岸川が湯沸器を洗髪の用に供した際に発生したものと推察されるが、換気不十分な状況下で多少の時間ガス器具が使用されることは決して珍しいことではなく、そのことは被告人らも十分承知していたものと認められ、右のような使用方法は、経験上通常予想し得ない事態とは言えないのであつて、そもそも本件事故発生の根本原因が、調整過誤に伴つて発生したそれ自体人体にとつて極めて危険な大量の一酸化炭素にあることに徴すれば、その後の因果の流れに換気不十分が影響したとしても、法律上の因果関係を否定すべき特段の事情は見出し得ず、因果関係の存在は明らかである。

したがつて、前記弁護人の主張は採用することができない。

第三  被告人三浦、同髙野の管理者責任

被告人三浦の弁護人は、本件熱量変更は、北ガスの多数の社員がそれぞれの任務と責任に応じて企画立案し、遂行したものであつて、同被告人は、これら社員の能力と専門性を信頼していたところ、右信頼は相当であること、本件各調整過誤は、単純な調整忘れではなく、予想を越える積極的な過誤であること、同被告人は、料金改定等他の懸案事項にも対処していたため、熱量変更には専従し得なかつたことなどを理由として、予見義務を否定し、また、器具の事前調査の省略、現場作業員に対する教育の程度、現場作業員の所要人数の算出と本件各調整過誤との間に格別の関連はなく、事後点検によつて調整過誤を発見是正することも不可能であることなどを理由として、結果回避義務を否定し、過失の存在を争つている。

また、被告人髙野の弁護人は、死亡事故の発生その他の諸点に対する予見可能性を問題とするほか、同被告人は、本件熱量変更計画の立案、実施のいかなる段階においても、調整過誤防止体制を確立すべき最終的権限を有したことはなく、限られた職責しか持たなかつた同被告人に保安体制欠如の責任を負わせることはできないことなどを理由として、予見義務を否定し、過失の存在を争つている。

一熱量変更計画の立案、実施経過について

そこで、まず本件熱量変更計画の立案、実施経過を検討するに、関係各証拠によれば、次の事実を認めることができる。

1北ガスは、昭和四七年二月二一日、昭和四八年から昭和五二年までの長期五か年計画を策定するため、カロリーアップ準備委員会を発足させ、企画室の佐々木正丞が委員長に就任し、被告人髙野は、北ガスが昭和四四年に函館で実施した熱量変更に際し中心的役割を果たし、この種の問題に関する社内の第一人者と目されていたところから、委員の一人となつた。その後昭和四八年四月二五日、熱量変更について重点的に検討を行う必要から、同委員会を組織変更し、改組されたカロリーアップ準備委員会の委員長には当時営業部次長の小坂正友、事務局長には営業部営業技術課長の被告人髙野が就任した。専務取締役の被告人三浦は、東京在住の社長安西浩及び副社長村上武雄に代わつて、北ガスの平常業務全般を統括していたが、右カロリーアップ準備委員会に対し、昭和五〇年を目途とする熱量変更の可否につき答申するように指示した。同委員会では、被告人髙野が中心となり、熱量変更の可否、実施時期、実施の波及効果、実施に要する調整作業員の算定等について検討を行い、昭和四九年一月一六日付で被告人三浦あてに答申書を提出した。右カロリーアップ準備委員会答申書(以下単に「答申書」と言う。)は、昭和五〇年一〇月一日を熱量変更(カロリーアップ)の実施時期とし、可及的速やかに専任体制を確立し、事前準備の消化を図るべきであるとし、その理由として、右時期に熱量変更を実施することにより、実施しなければ昭和五〇年から昭和五三年の四年間に見込まれる供給改善費約六億四、〇〇〇万円が節減できるとともに一部に存在する供給不良地区が改善されること、ガス器具の仕入販売が容易になりガスの販売強化につながること、熱量変更の実施経費は昭和五二年実施の場合は約七億四、〇〇〇万円と見込まれるところ昭和五〇年実施の場合には約四億二、〇〇〇万円で済むこと、熱量変更は実施時期が早ければ早いほど有利であることなどを指摘していた。なお、右答申書においては、家庭用需要家を含むすべての需要家についてガス器具の事前調査を行うことが予定されていた。

2北ガスは、昭和四九年二月五日、同年度の予算案を審議するため、本社内において被告人三浦主宰のもとに予算会議を開催し、各部の部長及び経理担当者らが出席したが、提示された予算案は、ガス供給用導管等に係る設備投資が巨額に及び、その資金調達のめどが立たず、右設備投資額の圧縮を巡つて種々検討したものの、妙案が得られないまま、会議は翌日に続行されることになつた。翌二月六日に至つても容易に妙案が得られない状況が続いたため、被告人三浦が「発想の転換をしなければならない。」などと促したところ、営業部長安藤勝見から「カロリーアップ準備委員会から答申書も出ているので、熱量変更を一年繰り上げて本年実施してはどうか。」との発言があり、列席者もおおむねこれに同調するようなその場の空気となつた。その際、器具の事前調査については昭和四八年の法定巡回の際の資料等で代替できるのではないかとの話もなされた。かくして、同日の予算会議において、家庭用器具の事前調査は行わないとの一応の了解のもとに、熱量変更を同年中に実施することの可否について、具体的に検討を進めることとされた。

なお、被告人髙野は、右予算会議の構成員ではなく、二月五日に短時間臨席して導管敷設の必要性について説明することはあつたが、熱量変更問題に触れることはなく、二月六日は東京へ出張して不在の状態にあつた。

3そこで、被告人三浦は、翌二月七日、経理部長を従えて上京し、前記事情から昭和四九年に熱量変更をする方向で検討を進めたい旨を副社長村上に報告し、了解を得た。また、営業部長安藤は、東京へ出張中の被告人髙野に対し、熱量変更をすることになつたので、予定を変更してすぐに札幌へもどるよう連絡した。

営業部長安藤は、北ガスの各部長中先任部長として被告人三浦不在の折これに代わるべき立場にあつたが、同被告人からの指示に基づき、副社長村上の了解を得たことを受けて、二月八日、具体的な検討に着手し、熱量変更に関連する各部の担当者を集めた上、器具の事前調査は昭和四八年の法定巡回の際の資料等で代替するとの前提のもとに、熱量変更を昭和四九年に実施する方向で細部の検討を行うよう命じた。席上、当時北ガス社内で熱量変更について最も知識経験の深かつた被告人髙野が、熱量変更実施上の問題点、検討事項、実施に至るスケジュールなどについて説明し、以後同被告人と企画部企画課長沖山雅雄の両名が中心となつて、熱量変更繰り上げ実施に向けて細部の検討、準備作業に入つた。被告人髙野としては、器具の事前調査は本来行うべきものと考えており、当時これを実施しようとすればどうしてもできないというような状況ではなかつたが、これを実施すれば日程上相当無理がかかつてくることも必至であり、器具の事前調査を実施しないことは幹部の既定方針として示されたものと理解し、また事前調査が現場作業員による調整過誤の防止に果たす保安上の意義が念頭になく、調整用部品の調達等のためには、右昭和四八年の法定巡回の際の調査結果のほかに、その前年の調査との対比による器具普及率等の数字もあり、また器具メーカーの販売台数等を調査するなどして十分対処し得ると考えていたこともあつて、あえて異を唱えることなく、右方針に沿つて検討を進めることとした。

被告人髙野と企画課長沖山は、安藤営業部長の指示により、二月一二日に予定されている後記部長会に提出する資料として、二月九日付「カロリーアップ計画の概要」を作成したが、これは、日数が限られていたこともあつて、とりあえず沖山が、被告人髙野と相談しながら、前記答申書の内容と右二月八日の会合における同被告人の説明を取りまとめて文書にしたものであり、右は、昭和四九年一〇月一六日をもつて北ガスの札幌市供給区域を六Bガスに変更することとし、改めて同年中の熱量変更の効用を説いた上、熱量変更実施のスケジュール、組織体制、器具調整期間、調整対象器具の数、必要な調整作業要員数などに触れているが、そもそも答申書は、実行計画案ではなく、熱量変更の五〇年度実施の可否を検討し、五一年度以後実施の場合との得失を論じたもので、そこで用いられた数値、例えば調整作業要員算出の基礎となる各器具ごとの調整作業時間なども、主として各年度ごとの労務費を算出して比較するためのもので、性質上必ずしも正確な数値は要求されておらず、十分な検討を加えて決定されたものではなく、実行計画のための基礎資料としては、個々の器具の調整方法が決まるのをまつて改めて見直しがなされるべきはずのものであつた(ちなみに、答申書の数値と調整作業開始後の実情とを比較すると、北ガスの営業計画課長であり本件熱量変更作業では基地長を務めた近藤貞次の証言によれば、答申書で調整作業時間一〇分とされているガステーブルもグリル付のものは作業に十分慣れてからでも一二分位、同二二分とされている湯沸器は少なくとも三〇分以上、同一五分とされている風呂釜は二〇分ないし三〇分、中には一時間以上を要するものもあつた。)。

北ガスにおいては、総合的事業計画の策定及び修正に関する事項等一定の重要事項については、専務取締役、常務取締役、部長及び室長をもつて構成する部長会に付議し、その審議を経て社長又は専務取締役が決定を行うものとされていたところ(部長会規程二条、五条、七条など)、二月一二日、被告人三浦の主宰により開かれた右部長会には、各構成員のほか被告人髙野及び企画課長沖山らも出席して右「カロリーアップ計画の概要」を報告し、基本的にこれが了承された。その際、企画部長山浦達朗から器具の事前調査を省略している点に関し、熱量変更に十分な知識経験を有すると自他ともに認める被告人髙野に対し、問題の有無が質されたが、同被告人は、前記のような考えから格別問題はない旨答えた。

翌二月一三日、被告人三浦は、営業部長安藤を伴つて上京し、社長安西、副社長村上らが出席する決算役員会の機会に以上の経過を報告してその了承を得た。更に、二月一八日の副社長村上が来札出席した部長会においては、被告人髙野、沖山らによるその後の検討結果をも踏えて審議がなされ、熱量変更の繰り上げ実施が内部的にほぼ決定され、二月二六日来札した社長安西が改めて被告人三浦から経過報告を聞いた上、翌二七日自ら社員に対し同年一〇月一六日をもつて熱量変更を実施する旨発表し、ここに熱量変更の繰り上げ実施が正式に決定されるに至つた。

熱量変更の繰り上げ実施が正式に決定されるに至る以上の過程において、社長安西、副社長村上ら在京役員は、他の所用で多忙なこともあつて、右熱量変更については札幌在住の被告人三浦以下の者らに任せる方針であり、事の大枠につき原案どおりの了承を与えた上、細部の具体的検討に関しては全て現地の自主性に委ねることとしていた。

4昭和四九年三月四日、本件熱量変更について、その実施計画を作成し、かつこれを円滑に実行、完了せしめることを目的とするカロリーアップ委員会が発足し、被告人三浦はその委員長に、被告人髙野は企画課長沖山らとともに事務局員に就任したが、カロリーアップ委員会規程によれば、委員長は、同委員会を統轄し、委員に方針を示し、総合計画及び重要な部門計画を決裁し、カロリーアップの実行及び管理を統轄する(三条)、委員は、総合計画及び重要な部門計画を審議し、カロリーアップの実行状況を把握し、その促進方法について審議する等の職務を行う(五条)、事務局は、委員会運営に関する事項として、総合計画のとりまとめ、部門計画の作成促進、進行状況の把握及び報告等、燃焼テスト及び調査、調整に関する事項として、器具の燃焼テスト、調査調整対策、教育訓練、技術指導等などの職務を行う(七条四項)こととされていた。同委員会には、総務、経理、営業、製造の各部会も設置されたが、実際の検討作業は、事務局が主導し、技術面に詳しい被告人髙野と事務面に詳しい沖山とが中心となり、二月九日付「カロリーアップ計画の概要」を見直す形で進められ、やがて昭和四九年三月二七日付「熱量変更計画の概要」としてまとめられるなどし、その経過は、被告人三浦が主宰する部長会(構成員はカロリーアップ委員会の委員長、副委員長、委員と重なつている。)において、カロリーアップ委員会の事務局長を兼任する企画部長山浦を通じて逐次報告され、その審議を経て概ね原案どおり決定されていつた。

右昭和四九年三月二七日付「熱量変更計画の概要」(及びこれと一体をなすべき同日付「熱量変更費用の明細書」)は、札幌通産局に対する供給規程変更認可申請に備えて三月二六日同局に対し事前説明を行つた際の資料と同内容であつて、煮詰めた形で取りまとめられた本件熱量変更計画の基本計画書と目すべきものであるところ、その要点は、北ガスの札幌市供給区域において、現行の三、六〇〇キロカロリーのガスを五、〇〇〇キロカロリーの六Bガスに熱量変更することとし、その実施時期を昭和四九年一〇月一六日とする、器具の事前調査は家庭用需要家については終了しているので、業務用需要家についてのみ四月から五月にかけて行う、器具調整作業は、昭和四九年八月一日から一〇月一五日までの正味六二日間とし、対象需要家数合計一二万七、七八〇戸、対象器具数合計三七万九、〇七七台と見積つた調整対象に対し、北ガス社員、ガス事業関連会社からの派遣社員のほか八月中は学生アルバイトを使用して器具の調整を行う、家庭用の調整作業能率ないし歩掛りは、一戸当たりのガス器具数を平均二・四台と見て一人一日当たり一〇戸程度を消化するものとする、調整を担当する現場作業員については、熱量変更の理論、器具調整の実習、需要家との応対要領などの教育を約一週間の教程で全員に対して行う、熱量変更後の一〇月一六日から一一月一五日までの間に各需要家を再巡回して不測の事態を防止する、熱量変更を円滑に行うため需要家に対し各種の広報活動を行つてその趣旨を周知徹底させるなどというものであつた。右の計画内容は、その後の検討過程において、需要家数の見直しに伴い、調整作業要員数、歩掛り等に若干の修正が加えられたが、その基幹部分が変更されることはなかつた。なお、七月二〇日ころ、後記熱量変更本部熱量変更推進部事務局が最終的に見直したところによれば、要員算定の基礎となる需要家数等については、一般家庭用の需要家を一三万二、八二五件(うち補助メーターで需要家台帳にないもの及び七月以降の新設開栓予測数合計一万七、八五〇)、器具台数を二九万四、九九五台と予測し、一人一日当りの調整可能台数二五台、出動率九二パーセント等とみて、必要な調整要員数を二六〇人(六二日間)と計上、北ガス社員及びガス事業関連会社からの派遣社員で全六二日間作業に従事できる者は一七一人であるから、八月中の二七日間に採用すべき学生アルバイトは二〇四人ということに計算上はなるが、それではアルバイトの比率が高くなり過ぎるので、アルバイトの採用は北ガス社員及びガス事業関連会社からの派遣社員との均衡を考慮して一七九人にとどめ、その不足分は九月以降における現場作業員の調整習熟、能率向上に期待し、これで埋め合わせるものとされていた。

右のとおり、器具の事前調査については、「カロリーアップ計画の概要」の立場がそのまま踏襲され、これを行わないことが最終的に確定したが、昭和四八年一月から三月における法定巡回(ガス事業法四〇条の二、同法施行規則八三条以下)に際して付随的に行つた器具の調査は、熱量変更を念頭に置いたものではなく、単にガス器具のおおまかな種別と数を法定巡回の機会に併せて調査したという程度であつて、その目的からそれ自体精度の高いものではなく、熱量変更のための調査として必要なガス器具の型式や製品名等の詳細な事項に及んではおらず、また、熱量変更作業開始予定日から約一年半前後過去の調査であることから、その後に生じた需要家及びそのガス器具の変化については追跡されておらず、現実との間に相当の誤差が見込まれるものであつた。

また、調整作業要員算定の基礎となる各種ガス器具ごとの所要調整作業時間は、前記答申書の数値が、そのままあるいはそれから算出された家庭用全器具平均一台当たりの調整作業時間一二・四分などとして用いられ、答申書が実行計画のための資料としては十分検討されたものとは言えない点に対する配慮も、器具の事前調査を省略したことが調整作業能率に及ぼす消極的な影響に対する配慮もないままに、答申書の内容が継承された。もつとも、前記需要家数の見直しに伴う修正に際し、応待時間等付随的な時間については若干の修正が加えられたが、最も基本となる各種ガス器具ごとの調整作業時間については、その後も格別の見直しがなされないまま、ついに実行時まで引き継がれた。この調整作業時間の現実との誤差は、対象となる器具数が約三〇万台に及ぶことを考えれば、極めて大きな意味を持つものであつた。

更に、ガス器具の調整に従事させるべき現場作業員は、前記のとおり種々の者で構成されていたが、北ガス社員やガス事業関連会社からの派遣社員のうち、技術的に有能な者は、業務用器具の調整に充てなければならず、家庭用器具の調整に充てられる者は、北ガス社員やガス事業関連会社からの派遣社員でも、この種の調整作業を経験したことのない者がほとんどであり、まして八月一杯に大量に使用される予定であつた学生アルバイトは、全くの素人であつて、所定の教育を施した場合にどの程度の作業能力を獲得するか、そしてどの程度真剣に作業に従事してくれるか明確に把握し難い点があつた上、関連会社からの派遣社員の中には遠隔地から派遣されてくる者もあり、残業等による疲労の蓄積も地元に居住する自社社員とは同列には論じられない面もあつた。

なおまた、後述のような意味での事後点検の措置を本件熱量変更計画に採用するものとすれば、実行段階における前線限りの判断では事後点検に必要な作業員の確保もおぼつかないから、要員確保の点をも含めて、事前の計画中にこれが盛り込まれていなければならなかつたが、実際には事後点検は真剣に検討されることもなく、これを行なわないことが最終的に確定し、このため、現場作業員が調整過誤を犯せば、需要家からの通報でもない限り、それが発見、是正されることなくそのまま見過ごされるという体制となつた。

5昭和四九年六月一〇日、本件熱量変更を円滑に実行、完了せしめることを目的とする熱量変更本部が発足し、被告人三浦はその本部長に、被告人髙野は同本部のもとに設けられた熱量変更推進部技術局長に就任したが、後に定められた熱量変更本部管理規約によれば、それぞれの職務内容は、本部長は、札幌熱量変更実施の最高責任者として対内的には熱量変更業務の総合的指揮及び統制を行い、対外的には本部を代表して渉外活動を推進する(二条一項)とされ、また、熱量変更推進部技術局長は、熱量変更技術の統括指導に関する事項、技術調整に関する事項、技術教育訓練に関する事項などを分掌する(熱量変更本部規程五条)同局の所管業務を指揮し、かつ推進部長、推進部副部長を補佐する(同規約八条一項)とされていた(なお、推進部長は、本部長を補佐し、熱量変更推進の総指揮及び統制を行い、推進部副部長は、推進部長を補佐するなどとされていた。同規約六条、七条)。

熱量変更に際し、最も中心となる作業は、需要家の持つガス器具を個々に調整する作業であるが、右は、主として熱量変更本部熱量変更推進部のもとに設けられた八基地(業用基地及び地区割りした家庭用の七条、伏見、東北、西、真駒内、白石、平岸の各基地)において実施することとされ、各基地においては、基地員に対する指導監督を行つて所管業務を遂行し、基地を代表して渉外活動を推進する基地長、これを補佐し、基地内の技術指導を行う推進員、基地長の命令に従い、直接的に班員を指揮して業務を遂行する班長、その命令に従い、直接業務を担当し、班員を指導する副班長が置かれ、そのもとに調整を担当する現場作業員である組長及び一般調整員が置かれることとされたが、六月一一日には直ちに第一回の基地長会議が開催され、調整作業の準備が本格化していつた。基地長会議は、調整作業の現場を担当する基地長が一堂に会し、意見交換をする場として設けられたものであるが、被告人髙野は、熱量変更推進部技術局長としての立場から、作業の進捗状況を把握するとともに必要な助言を与えるため、支障のない限り、推進部長青木愿、推進部事務局長富永康治らとともに原則としてこれに出席した。

6その間、被告人髙野は、各種器具の個別の調整方法を検討決定し、現場作業員の作業順序を図示解説した「調整作業順序図」を考案し、これを盛り込んで各器具ごとの調整方法等を示した手引書「熱量変更器具調整ハンドブック」を作成したほか、「業務分掌(案)」、「ガス器具調整(調査)カード」(以下単に「調整カード」という。)、「熱量変更受付連絡票」、「ガス器具集配票」、「使用禁止札」、「未処理需要家通知票」、料金書裏面に記載する「熱量変更についてお願い」と題する文書、「検針時配付ビラ」、「調整完了時配付ビラ」、「レギュレーター調節器具説明」、「熱量変更教育日程表」等々を次々起案するなどし、熱量変更作業へ向けて、単に技術面にとどまらない広範囲かつ細部にわたる準備を整え、更に、自ら立てた教育計画に基づき、現場で調整に従事する作業員に対し、器具の調整方法についての教育を実施し、六月中旬ころから七月末にかけて順次これを消化していつた。ただその際、教育による技能の到達程度を量るための試験のようなことはしなかつた。

なお、各器具の調整方法を決定し、これに基づき各器具の調整に要する時間を測定算出して作業要員算定の基礎資料を提供するのは、推進部技術局長としての被告人髙野の本来の職務に属することであつたが(それ以前の準備段階においても、カロリーアップ委員会の事務局員であるとともに営業部営業技術課長でもある同被告人の職務であつた。)、同被告人は、各器具の調整方法決定後も他の作業に追われて各器具の所要調整作業時間の算出等は行わなかつた。

また、調整作業に当たつては、北ガスがあらかじめ把握している各需要家につき調整カードを作成し、これに昭和四八年の法定巡回の際の資料に基づき需要家ごとの保有ガス器具を書き込んで基本資料とした上、現場作業員に交付し、現場作業員は、これに依拠して調整作業を行い、調整カードのない需要家又は調整カードに記載されていないガス器具を発見したときは、新たに調整カードを作成し又は調整カードに追加記入した後、調整を行うべきこととされ、現場作業員が予想される全ての器具を調整する能力を有しないこと及び事前調査を省略していることから普及率の低い器具の調整部品を全作業員に持たせることの不得策を考慮し、複雑な器具については、特別調整(業用基地において調整)、技術調整(技術局において調整)、普及率の低い器具については、再調整(後日必要部品を携行の上再度往訪して調整)の制度を設け、これらに該当する器具に遭遇した場合には、その旨の別紙を起こして基地に報告し、当該作業員の当日の当該需要家に対する作業としては完了した扱いとして、現場作業員の負担を軽減し、作業能率の向上を図る措置がとられていたが、被告人髙野の考案にかかるこのシステムも、作業員の調整過誤、特に本件において被告人岩室、同樫山が犯したような誤報告を伴う過誤を発見、是正するには何の効用も期待できないものであつた。

7昭和四九年八月一日、いよいよ熱量変更に伴う器具の調整作業が開始されたところ、家庭用の七基地のうち東北基地だけはおおむね順調に作業が進捗したが、その他の基地では当初予定された作業能率を大幅に下回り、期間内の作業完了が危ぶまれる状況となつた。

このような作業遅延に対処するため、北ガスは、八月一八日ころ、基地長会議において、現場作業員の増員を内容とする緊急動員体制をとることとし、あらかじめ予備作業員として留保されていた北ガス社員の一部を八月末までに現場作業員として発令、投入するとともに、他の一部を臨時の一日調整員として土、日曜日などに調整作業に従事させ、また、被告人三浦名義の増援依頼書をガス事業関連会社あてに発して九月以降各数名の現場作業員を追加派遣するよう求め、更に、作業能率を向上させ、休日を縮減することとしたが、必ずしも十分な効果は得られなかつた。

右のようにほぼ全般的に作業が予定どおり進捗しなかつたのは、当初作業員が不慣れであつたせいだけではなく、種々の要因が複雑に重なり合つた結果と考えられ、一義的には特定し難い面もあるが、その大きな要因としては、器具の事前調査を欠いたことから、需要家及びその保有ガス器具の把握が不十分であり、調整カードの記載は全くあてにならず、そのカード自体存在しない需要家、例えば北ガスと直接的な契約関係がなく所定の台帳にも登載されていない補助メーターに係る需要家も少なくなかつたため、作業員が準備を整えて計画的に作業を進めることができなかつたこと、作業要員算出の基礎となつた各器具の調整作業時間が根拠の薄いものであり、応対時間等の付随時間の算出に当つても事前調査がないことの消極的影響が考慮されていなかつた上、作業員の能力に個人差が大きく、予期した作業量を到底消化し得ない作業員も出たこと、また歩掛りの計算上は学生アルバイトも北ガス社員あるいは関連会社の派遣社員と同列に扱われていたが、実際の作業では一人前の扱いができず、組長と合わせて二人一組の体制をとつた上、学生アルバイトには主としてコンロなど簡単な器具の調整のみを担当させなければならなかつたこと、予定を消化するために残業、休日出勤など時間外勤務を求めるにもおのずと限界があつたこと、器具の事前調査がなされていなかつたため、前記のような資料を用いて器具数等の概略は把握し得たものの、個々の具体的な器具についてはその調整用部品の調達、配分に支障をきたし、在庫切れになることもあつたこと(調整作業開始後多数の部品等が追加発注されており、本件野本マンション事件の湯沸器の調整に必要な元管も九月に入つて二度にわたり追加発注されている。)、対象需要家の中には不在がちの家庭や調整作業に非協力的な家庭も少なくなかつたことなどが挙げられる。

なお、作業が最も順調に進捗した東北基地の場合は、対象需要家数が最も遅延した伏見基地の半分以下と少なく、作業管理が比較的しやすかつたことに加えて、同基地の担当地区には近年に至つて都市ガスが引かれ、ガス器具も新しいものが多い地域が含まれていたこと、担当地区内の地域性が割合はつきりしていて作業員の適正配置がしやすかつたこと、基地長が七月一九日に基地入りして以来班長、副班長とともに連日午後九時頃まで残業して準備に当たり、七月二九日作業員が基地に配置されるや同月三一日までの三日間やはり午後九時ごろまで残業させて担当地区の下見など作業準備に努めさせたこと等の事情があり、このことが八月一日の作業開始後の能率向上に相当成果をあげたものと考えられるが、それでも、組長クラスで八月中の残業時間が一〇〇時間(土曜日は午後五時までが時間内勤務の扱い)を超える者すらあつたことが認められ、同基地の場合でも、時間外勤務を前提としない要員算出基礎の予定していた作業能率が大きな見込違いであつたことに変わりはない。

8被告人岩室は、株式会社パロマ名古屋営業所から北ガスへ派遣され、七月二〇日来札、以来宿舎に充てられた旅館に泊りながら、一週間程度の調整に関する教育を受けた後、伏見基地に配属され、組長として調整作業に従事し、八月中は学生アルバイトの調整員を同行し、二人一組の体制で調整作業を行つたが、九月に入つてからは学生アルバイトが離職していつたため、一人で調整作業を行つた。当初は、毎日班長から一〇枚程度の調整カードを渡され、二人で七、八戸ないし一〇戸を調整するという作業量であり、学生アルバイトの作業の確認もしなければならないこともあつて、それがやつとであつたが、九月に入ると、調整能率を向上させるため一回に三、四〇枚の調整カードを渡され、一人でこれを三日程度のうちに調整するよう指示され、九月半ばころには、更に調整能率を向上させるため、一回に一〇〇枚程度の調整カードを渡され、一人でこれを一週間内に調整するよう指示されるに至つた。右のように作業能率の向上が求められたのは、伏見基地が他の基地に比較して最も作業が遅延しており、このまま推移すれば熱量変更期日までに作業を終えることができないが、そのような理由で同期日を変更することはできないため、何としてでも予定どおり作業を消化しなければならないからであつた。九月初め、作業遅延を挽回するとの使命を帯びて、新たに伏見基地長に就任した前記沖山は、現場作業員に対し、機会あるごとに、右実情を指摘するとともに、作業能率の向上が不可欠である旨強調し、毎日作業の達成目標を示し、休日出勤、残業を増して目標を達成するよう作業員の督励に努めた。このため、現場作業員は、右作業の達成目標をいわゆるノルマとして受け取り、作業を急ぎかつ休日を返上しあるいは従前にも増して残業することによつて達成目標に沿うよう努めていた。被告人岩室にとつて、九月に入つて以降の作業負荷は容易に消化し得ないものであり、しかも調整カードの記載はその半分近くに誤りがあると感ぜられるばかりではなく、そもそも調整カードの存在しない補助メーターに係る需要家も少なくなく、更に不在需要家もあるなどして、調整作業の準備ないし予測をなし難い実情にあり、所定の午後五時までにその日の作業を終了することができず、連日二時間ないし三時間程度の残業をすることによつてなんとかその日の「ノルマ」の達成に努めていたが、到底心を落ち着け、誤りなきを期して慎重に作業を進められるような状態ではなかつた。そのため、当初は調整作業順序図に従つて行つていた「調整前の点火燃焼試験」や「調整後の点火燃焼試験に需要家の立会を求めること」なども、時間短縮のため省略せざるを得ないようになつた。右のような状態は、被告人岩室に限つたことではなく、伏見基地においては、各作業員とも大なり小なりかなりの残業を余儀なくされ、北ガスの社員である班長ですら一様に九月以降の作業を負担過重と感じており、推進員という立場ではあるが休日出勤を含む時間外勤務時間が八月中に既に一五〇時間を超えていた者すらある状況であつた。被告人岩室は、元来株式会社パロマにおける勤務態度が日頃から極めて良好であり、北ガスに派遣されてからも、慣れない環境の中で慣れない作業を基地長以下等の指示に従つてまじめに消化しようとしただけに、右のような状況下で時の経過につれて次第に疲労が蓄積していつた。こうして、九月二〇日ころの伏見基地は、現場作業員によるうつかりした調整過誤が生じやすく、しかもひとたび調整過誤が生ずればもはやこれが発見、是正を期し難い状況下にあつた。

果たせるかな、被告人岩室は、九月二〇日ころ、判示山口マンションに一人で赴き、翌日回しにした一戸を除く一八戸について調整作業を行つた際、鈴鹿方の風呂釜について前記調整過誤を犯すに至つた。なお、鈴鹿方に係る調整カードには、風呂釜の記載はなく、実際には存在しない瞬間湯沸器の記載があつた。

9被告人樫山は、開田住設機器株式会社から北ガスへ派遣され、一週間程度の調整に関する教育を受けた後、七条基地に配属され、組長として調整作業に従事し、八月末ころまでは他の現場作業員を同行し、二人一組の体制で調整作業を行つたが、九月初めころからは簡単な器具しか修理できない技術未熟の一日調整員などを連れ、六、七名程度のグループの指導者的現場作業員として、主にアパート及びマンションを担当することとされ、毎日六、七〇枚の調整カードを渡されるようになつた。これは、アパートやマンションが調整カードの作成されていない補助メーターの需要家を含むことが多いことを考慮すれば、相当過大な作業量であり、作業員に対し、このような作業量が要求されたのは、予定どおり作業が進んでおらず、このまま推移すれば熱量変更期日までに作業を終えることができないおそれがあつたからであり、九月初めころから、七条基地長近藤清治も、現場作業員に対し、機会あるごとに、右実情を指摘して作業員を督励するとともに、作業の達成目標を示して作業能率の向上、目標消化を求めた。このため、作業員は、右達成目標をいわゆるノルマとして受け取り、連日残業するなどして目標達成に努めたが、調整カードの記載には誤りが多く、補助メーターに係る需要家も少なくなく、更に不在需要家もあるほか、七条基地の担当区域には非協力な需要家も比較的多く存在するなどして、調整作業の準備ないし予測をなし難い実情にあり、容易に作業能率は向上せず、休日を返上し、連日残業をすることによつて辛うじて与えられた作業を消化していた。このような状況下で被告人樫山も、当初は調整作業順序図に従つて行つていた「調整前の点火燃焼試験」や「調整後の点火燃焼試験に需要家の立会を求めること」などは、時間の節約のためついつい省略してしまうことが多くなり、また、本来調整作業終了後に受領すべき需要家の確認印も、あらかじめ適宜押印してもらつたり、調整作業終了後その都度確認の上記載すべき完了の表示も、まとめてつけたりするようになつた。このような状態はもとより被告人樫山に限られたことではなく、一〇月に入つたころ班長の中から、今の状態では不測の事態が発生しかねないから一〇月一六日以後もしばらく調整ガスを送つて様子を見た上五、〇〇〇キロカロリーの新ガスを送るようにしてはどうか、と基地長に意見を具申する者すら出る有様であつた。しかし基地長としては、上部に増員を求める一方作業員に対し、「何とか頑張つてほしい」と能率向上を求める以外に手だてはなかつた。被告人樫山は、元来開田住設機器株式会社における勤務態度が日頃から極めて良好であり、北ガスに派遣されてからも基地長以下等の指示に忠実に従つてまじめに作業を消化しようとしただけに、時の経過につれて次第に疲労が蓄積していつた。ちなみに同被告人は、八月一日から九月二〇日までの間、九月一四日から一六日までの三日休んだがそれ以外は連日出勤し、九月一七日から二〇日までの四日間だけを見てもその間の残業は一四時間、一日平均三時間半に及んでいる。また九月二一日の同被告人のグループの作業は補助メーターの需要家が多くあつたこともあつて約一三〇件に及んだ。こうして、九月二一日ころの七条基地は、前述の九月二〇日ころの伏見基地と全く同じような危険な状況下にあつた。

被告人樫山は、九月二一日ころ、判示野本マンションに一日調整員西尾曻など六名の現場作業員とともに赴き、手分けして各部屋の調整作業を行い、自ら前多方について調整作業を行つたが、同人方のガス湯沸器を調整するに当たり、前記調整過誤を犯すに至つた。なお、前多方に係る調整カードには、瞬間湯沸器の記載はなく、実際には存在しない貯蔵湯沸器の記載があつた。また本件瞬間湯沸器はいわゆる「再調整」器具に指定されていたが、当時被告人樫山は、「再調整器具」の意味を誤解し、その調整に必要な部品も携行し、これに遭遇した都度その場で調整することにしていたが、当時七条基地では本件湯沸器の調整に必要な元管の在庫が切れており、そのため当日これを持ち合わせていなかつたものであり、あるいは他の作業員が持参しているかも知れないと考えて調整作業に着手したが他の作業員も持つていなかつたため作業を中止するに際し、前述のような状況下で本件過誤を犯すに至つたものである。

10熱量変更実施後全区域において、多数の未調整器具が発見された。一〇月一六日から同月二〇日までの間に受け付けた需要家からの苦情申出分だけでも、未調整器具の数は五八五件に及んでおり、これらの中には需要家が出し忘れたものもあるかも知れないが、風呂釜、湯沸器などおよそ出し忘れとは考えられないものも多数含まれていた。また、本件各事故発生後、需要家のガス器具について総再点検が行われたが、その結果を見ても、全区域から、単なる一酸化炭素値不合格とは別に、正規に調整されていない器具が大量に発見されており、右は、需要家の長期不在や出し忘れだけでは到底説明のつかないものである。なおちなみに、右再点検の過程で再点検状況把握のために札幌通産局が行つた抜取り検査によつて未調整器具に点検済みシールが貼られていた事例が発見されているが、これは、再点検作業の過誤であるとともに、その前に原調整作業の際の調整忘れであつたと推認されるところ、これは、東北基地の例であつた。

これらの事実は、本件各調整過誤が被告人岩室、同樫山の落度のみに起因する特異なものではなかつたことを示している。

11本件調整作業に当たつた現場作業員が、以上のような経緯により、調整過誤を犯しやすく、そしてひとたび現場作業員が調整過誤を犯せばこれが発見、是正を期し難い状況下で作業を行つていることは、計画原案を自ら策定し、その後の要員算出状況を承知しており、また調整カードを作成し、基地内の業務分掌案を起案するなどして前述のとおり本件熱量変更に伴う調整作業システムの根幹を自ら構築し、かつ基地長会議にも常々出席するなどしていた被告人髙野はもとより、前記経過から本件調整作業システムの大綱を承知しており、部長会における審議を通じ、あるいは熱量変更推進部長らの報告により計画、実行の進行状況等を逐次把握していた被告人三浦も、これを認識し得る立場にあり、かつ本件計画が実行されれば、早晩右のような事態に陥るであろうことは、右両被告人には、器具調整作業開始に至るまでに十分予想し得たはずである。

以上の事実が認められる。

以下では、右の事実関係に基づき、被告人三浦、同髙野の予見義務、結果回避義務等について、検討することとする。

二予見義務について

被告人三浦、同髙野は、本件熱量変更計画の立案、実施に当たり、山口マンション事件や野本マンション事件に見られるような重大な調整過誤が生ずるとは考えず、熱量変更に際して一酸化炭素中毒による死傷事故が生ずるなどとは思つてもみなかつた旨供述しているところ、確かに、関係各証拠によれば、右各被告人は、それぞれの立場において本件熱量変更計画の立案、実施に関わる過程において、そもそも調整作業の中で本件のごとき重大な過誤が生ずることあるべき危険性を予見していなかつたことがうかがわれ、仮に調整作業に際し、現場作業員が何らかの過誤を犯すことがあるとしても、基地における調整カードの点検、需要家からの苦情の申し出あるいは熱量変更後の再巡回等の機会に発見、是正され、燃焼上若干の不具合をもたらし、需要家に多少の迷惑をかける程度のことはあつても、現場作業員の調整過誤から、一酸化炭素中毒による死傷事故というような深刻な事態に至ることがあるとはおよそ考えていなかつたことが認められる。しかし、同被告人らが右のような意識しか持たなかつたのは、従前熱量変更に伴うこの種事故の報告がなく、北ガスが昭和四四年に函館で実施した熱量変更に際しても同種事故は発生していなかつたことから、安心してその点に油断があつたからに過ぎず、右各被告人にとつて本件のような調整過誤やこれに基づいて発生する一酸化炭素中毒による死傷事故を予見することが不可能であつたなどと見ることはできない。すなわち、本件熱量変更に伴う調整作業は、本件計画の出発点になつた二月九日付カロリーアップ計画の概要によれば、札幌地区の全需要家約一四万八、〇〇〇戸(うち家庭用約一三万七、五〇〇戸)を個々に訪問し、その保有する四〇万台以上(うち家庭用約三三万五、〇〇〇台)という極めて大量のガス器具を、多数の現場作業員を動員し、二か月半という期間のうちにひとつ残らず調整するというものであり、しかも作業内容は、既に需要家が使用中の古さや傷み具合も様々なガス器具につきその種類に応じて調整方法を変えながら、ドライバー、ハンマーなどを用い手仕事で行うというものであるから、調整作業の体制いかんによつては、数ある調整作業に際し、現場作業員が、仕事を急ぐあまり、未調整の器具を調整済みと勘違いしたり、後刻調整するつもりでそのまま失念するといつた調整過誤を犯すおそれは十分考えられ、場合によつてはそれが不可避とすらなりかねないことは容易に推察し得るところである。

弁護士は、現場作業員に対しては、十分な教育の上、過誤を回避するに足る詳細な作業手順が明示されていたのであつて、この定められた作業手順に従つてさえいれば、本件のような過誤が起こるはずがなく、現場作業員を信頼していた右各被告人としては、本件のような調整過誤があろうなどとは考えられなかつたかのごとく主張するが、作業員の作業環境を抜きにして、作業員の作業精度を論ずることはできず、教育や作業手順の明示もさることながら、教育がその効果を発揮し、示された作業手順が忠実に守られるような体制、作業環境の整備が、作業上の過誤防止に極めて重要であることは見易い道理であり、また、弁護人は、本件各調整過誤は、単に調整を行わなかつたという消極的な過誤にとどまるものではなく、あるいは未調整の器具に調整済みのシールを貼付し、あるいは未調整の器具にその旨の警告シールを貼付せず、いずれも調整カードに調整完了の表示をしたという積極的な作為を含む何重にも及ぶ過誤であつて、右各被告人にとつてこのような過誤まで予見することは不可能かもしくは著しく困難であつたと主張するが、本件各調整過誤は、基本的にはいまだ調整を終えていない器具について調整が完了したものと思い込んだり、調整未了で後刻再訪して調整する必要のある器具があることを失念したりした点にあり、その余の過誤はこれに通常随伴し得る性質の過誤であり、およそ考えられないような過誤が何重にも重なつたというほどのものではなく、本件各調整過誤の態様の故をもつて右各被告人の予見可能性を否定し得るものではない。前示認定のとおり、本件各調整過誤は、ゆとりのない作業環境に誘発されたものであり、前述のとおり、現場作業員がそのような作業環境に置かれるであろうことを事前に十分予測することができ、かつ現にそのような環境下で作業が進められていることを認識し得る立場にあつた右各被告人にとつて、本件において見られたような各調整過誤の発生を予見することは、十分可能であつたと言うべきである。弁護人の右各主張は理由がない。

そして、調整欠落などの重大な調整過誤が生じたときは、熱量変更後その器具を使用した場合、不完全燃焼に基づく多量の一酸化炭素が発生すること、また札幌地区においては北国の特殊性からそのころ気密性の高い構造の建物が多く、しかも中には正規の排気設備が整つていないだけでなく、必要な排気設備を全く設けていない需要家すらある有様で、換気に甚だ問題のある需要家も少なからず存在したこと、更に需要家等のガスないしガス器具に対する知識や対応能力は千差万別であつて、中には調整過誤に気付かないままその器具を使用し続ける者も十分あり得ることなどは、ガス事業に携る右各被告人も十分承知していたこと等関係各証拠によつて明らかな事実に照らすと、本件において見られたような各調整過誤が発生すれば、それが一酸化炭素中毒による死傷事故につながる危険があることは、十分予見することができたものと言うべきである。

以上の次第であつて、右各被告人には、本件各調整過誤及び死傷事故並びにこれらに至る経過の基本的部分について具体的な予見可能性が存在したことは明らかであり、右各被告人の置かれていた立場と予見される結果の重大性等にかんがみれば、右各被告人としては、予見可能な右の事情を現実に予見する義務があつたものと言うべきである。

しかして、本件においては、被告人三浦、同髙野が右の予見を欠いていたため、当時の北ガス社内における、保安とは個々の部門が与えられた仕事を忠実に行うことに尽きると考えて保安問題を全体的総合的に捉える必要性を重視しない空気の中で、眼前の仕事に追われるあまり、必要かつ十分な対策がとられないまま、調整過誤が生じやすく、かつ一旦調整過誤が生ずればこれが発見、是正されることが極めて困難なまことに危険な体制上の欠陥を招いてしまつたのであつて、本件における右各被告人の実質的な責任は、右予見を欠いた点、すなわち予見義務違反の点にあつたものと言うことができる。

三結果回避義務について

1調整過誤発生の原因

本件各調整過誤は、直接的には被告人岩室、同樫山の判示各過失に由来するものであるが、右各被告人は、元来それぞれの勤務先における勤務態度がいずれも良好であつたばかりでなく、北ガスに派遣されてからの作業振りもまじめであつたことは衆目の一致するところであり、また、本件熱量変更作業を通じて、右各被告人の過誤以外にも多数の過誤があつたことから見ても、右各被告人の個人的な作業態度が真摯性に欠けたために本件各調整過誤が生じたとは考えられないのであつて、本件熱量変更の立案、実施経過に照らすとき、そこに作業体制上の問題があつたことを否定することはできない。そのことは、既に見てきたところから明らかであるが、これを要するに、器具の事前調査を行わなかつたため、個々の需要家及びそのガス器具の把握が不十分で、現場作業員が日々の調整作業を効率的計画的に進めるため十分な準備ができなかつたこと、調整作業要員算出の最も基礎となる各器具の調整に要する時間に本来実行計画には用い得ない数値を採用し、そのうえ応対時間、カード記入時間等の付随時間を含めた一戸当たりの調整作業時間の算出に当たつても事前調査省略の消極的効果を考慮せず、作業現場では一人前の作業を期待できない学生アルバイトについても歩掛りの計算上は一人前として扱うなどして、不十分もしくは甚だ余裕のない人員配置しかしなかつたことなどから、作業が著しく遅延し、これに対し、八月末ころから第二次動員をはじめとするいくつかの応援体制が採用され、ある程度の応援は当初から見込まれていたようではあるが、当初計画に明確に組み込まれていたものではなく、所詮応援は応援であつて、人員確保の面でも、教育の面でも、十分なものとは言い難く、微量変更本部及び熱量変更推進部の意向を受けた各基地の基地長としては、現場作業員を督励し、作業能率の向上を求めるほかにすべはなく、現場作業員の側から見れば消化を義務付けられたノルマとしか感ぜられないような仕事量を割り当て、このため、現場作業員は、急いで調整を行うことによつて一戸当たりの調整作業時間を切りつめるとともに、従前にも増して連日長時間の残業へと駆り立てられ、そのような日々が続くうち、焦燥感が生まれ、疲労も累積することとなり、ゆとりのない精神的及び肉体的状況下で調整作業を行うことを余儀なくされたのであつて、このことが本件各調整過誤を誘発した重要な原因であることは明らかである。なお、本件調整作業期間中の現場作業員の残業時間を長時間と見ることには、被告人三浦、同髙野及びその各弁護人らには異論があるようであるが、北ガス社員の場合はともかく、学生アルバイトはもとよりガス事業関連会社からの派遣社員についても、忠誠心や使命感などの点において自社々員と同列に論じることはできないのであつて、疲労感の蓄積等についてもおのずと差異が生ずることを考えるべきである。

2調整過誤の防止対策

本件各調整過誤が、前項で検討したとおり、作業体制上の問題に由来する以上、熱量変更計画の立案、実施に当たつては、このような調整過誤を防止するに足る体制作りが行われなければならなかつたと言える。

現場作業員の調整過誤を防止するための方策として、まず第一に考慮すべきは、現場作業員がゆとりのある状況下で、自らの作業を自ら点検しつつ、定められた作業手順に従つてひとつづつ確実に調整を行い得るような環境を設定することである。そのためには、器具の事前調査を実施することによつて、調整すべき個々の需要家及びそのガス器具をできる限り正確に把握してこれを示し、現場作業員において十分な準備の上計画的に作業を行い得るようにし、かつ、右事前調査に加えて各器具の調整作業時間を適正に算出し、調整作業の分量と内容を的確に把握するとともに、現場作業員の作業能力や勤勉性が区々である上に未知であること等に配慮し、作業負荷や所要人員の算定に当たつて余裕のある数値を用いる必要がある。いずれにしても、現場作業員に対し、長期にわたつて連日残業をさせ、時には休日の返上を余儀なくさせるようなゆとりのない状況下で作業を行わしめるようなことは、過誤発生必至の状態で作業を進めるに等しく、到底許されないものと考えるべきである。なお、被告人三浦は、本件で器具の事前調査を省略したと見るのは適切でなく、調整器具台数等は昭和四八年の法定巡回の際の資料等で十分代替し得たし、もれなく調査するという面では、現場作業員は調整作業に赴いた際、まずその需要家の保有するガス器具を調査することとされているのであるから、この時点で器具の事前調査が行われていたことになる旨を強調するが、右はいまだに事前調査の持つ意義を理解しようとしない発言と言うほかない。

次に、仮に、何らかの事情により、右に見たようなゆとりのある環境を設定することが困難な場合には、事後点検を行つて調整過誤を発見、是正する方策を講ずべきである。すなわち、熱量変更のための器具調整作業は、限られた時間内に、必ずしも協力的な者ばかりでない需要家を次々と訪問し、様々な作業環境の中で、大量の、しかも種々雑多な器具を調整するものであるから、特別過重な負担を強いられている場合でなくても、過誤が生ずるおそれなしとせず、まして自らの作業をその都度自己点検するに十分な余裕がないような場合には、大量の作業中に本人がそれと気付かないままいくつかの過誤が発生することは、むしろ必至と言うべきであり、作業手順が明確に示され、個々の作業員がいかに誠実に作業に当たつていても避け難いものと考えられるべきであるから、そのような状態の場合はあり得べき調整過誤を発見、是正するためには、作業結果を本人以外の目で点検確認させる事後点検の措置が不可欠であり、そのような事後点検措置に必要な作業員は、実行段階における前線の判断で確保し得るものではないから、事前の計画中にこれが盛り込まれていなければならないのであつて、過誤発生必至の状況下において右事後点検措置を講じないまま漫然と調整作業に入ることは、許されないと言うべきである。右事後点検は、熱量変更期日前であれば原作業と同一の機会に行うか後日行うかは、いずれでも差し支えないが、原作業の過誤を発見、是正するためのものであるから、原作業担当者以外の者が行わなければならない。その意味で、調整作業完了後担当者が需要家立会の上で点火試験をすることが義務付けられていたことは、ここに言う事後点検には当たらない。なお、被告人三浦は、事後点検を実施することは、原作業員に対する不信が前提となるので人事管理上問題があるばかりでなく、事後点検が控えているという安堵感がかえつて調整過誤を誘発するおそれもあるなどとして、事後点検が有効な調整過誤の防止対策であることを争うかのごとくであるが、右は、安全教育を放てきし、人事管理を安全に優先させ、事故を防止するために多重的な安全装置を設けることの必要性を正面から否定する議論であつて、到底容れられない。

しかして、これらの調整過誤防止対策を講ずることは、それぞれ可能であつた。すなわち、関係各証拠によれば、器具の事前調査が省略された理由は、熱量変更を急遽一年繰り上げることになつたので時間的な余裕が乏しかつたという一面もあるが、他方、通常業務にできる限り支障をきたさず、かつできる限り少ない予算で熱量変更を行いたいという側面もあり、熱量変更実施日も不可変の所与のものではなく、真実器具の事前調査を実施しようとすれば決して不可能ではなく十分可能であつたこと、現場作業員の確保にしても、実人員を増加させるなり調整期間を長くとるなりして余裕を持たせることは、少なくとも当初本件熱量変更計画を立案している段階においては、十分可能であつたことが認められ、現場作業員がゆとりのある状況下でひとつづつ確実に作業を行い得るような環境を設定することに特段の支障があつたとは考えられないのである。また、前同証拠によれば、事後点検にしても、原作業の異常を炎の目視その他の方法で発見、是正し得る点検用の作業員を確保することは、北ガスにとつては決して不可能なことではなかつたと認められる。弁護人は、調整作業の異常を炎の目視で判別し得るものはごく少数であつて、そのような点検用の作業員を多数確保することなどはできない旨主張するが、必要な教育を施せば右点検用の作業員を確保することができないわけではなく、現実問題として多少の困難を伴うにしても、既述のような過誤発生必至とも言うべき作業計画を立てながら右のような主張をするのは、いわば開き直りの議論であつて容認し難いばかりでなく、本件各調整過誤に即して検討すると、山口マンション事件においては風呂釜の反射鏡とビス一本が取り付けられておらず、付近に放置されていたものと思われるし、野本マンション事件においては湯沸器に調整済みのシールも未調整の警告シールも貼付されていなかつたのであつて、いずれも点検用の作業員が一見すれば、それだけで直ちに異常に気付き得る調整過誤であつたのであるから、いずれにせよ所論はとり得ない。

以上の次第であつて、本件熱量変更計画を立案、実施するに当たつては、現場作業員をして十分な事前準備と適正な作業負荷に基づきゆとりのある状況下で確実に調整作業を行わせること、調整作業の際ないしその後六Bガス供給開始までの時点において調整作業を担当した者以外のしかるべき係員をして事後点検を行わせることは、いずれも採用可能な調整過誤防止対策であつたのであり、調整過誤のもたらす危険性等にかんがみれば、まず前者の対策を講ずべきであるし、仮にそこに難点があるときは、少なくとも後者の対策を講ずべきであり、そのような結果回避義務が存在したことは明らかである。

四管理者責任の根拠について

被告人三浦、同髙野の責任は、既に述べたところからほぼ明らかであるが、所論にかんがみ、被告人ごとの責任の根拠につき、若干付言しておくこととする。

1被告人三浦の責務

被告人三浦は、北ガスの専務取締役であり、北海道内に常駐し専ら北ガスの業務に携る唯一の代表役員であつて、北ガスの平常業務を統括する立場にあつたほか、本件熱量変更に関しては、かねてカロリーアップ準備委員会に対し昭和五〇年を目途とする熱量変更の可否につき検討するよう指示して答申を受けた名義人であり、熱量変更の繰り上げ実施が問題とされた予算会議においてはその主宰者であり、熱量変更についてその実施計画を作成し、かつこれを円滑に実行、完了せしめることを目的とするカロリーアップ委員会においてはその委員長に就任して同委員会を統轄するものとされ、委員に方針を示すこと、総合計画及び重要な部門計画を決裁すること、熱量変更の実行及び管理を統轄することを職務とし、熱量変更を円滑に実行、完了せしめることを目的とする熱量変更本部においてはその本部長に就任し、札幌熱量変更実施の最高責任者として、対内的には熱量変更業務の総合的指揮及び統制を行い、対外的には本部を代表して渉外活動を推進するものとされたものであつて、まず、形式的な側面において、本件熱量変更計画の立案、実施上、最高責任者と目される立場にあつたことは疑いがない。

そして、本件熱量変更の立案、実施経過を見ると、同被告人は、実質的にも右最高責任者たるにふさわしい立場にあつたものと考えられる。すなわち、同被告人は、熱量変更に関するカロリーアップ準備委員会の答申書の内容を了知していたものであるところ、前記予算会議において、列席者の間に、昭和四九年中に熱量変更を実施することとし、その際には器具の事前調査は省略するとの空気が醸成されるや、自らこれを積極的に推進することとし、直ちに上京して副社長村上に報告し、その了解が得られるや否や札幌へ連絡をとり、熱量変更の具体的な検討に入るよう指示を与え、自ら主宰した部長会において本件熱量変更計画の出発点になつた「カロリーアップ計画の概要」を基本的に了承し、再び上京した機会にこれを社長安西らに報告して了承を取り付け、その後副社長村上、社長安西を順次札幌へ迎えて内外に熱量変更計画の繰り上げ実施の決定を公示し、更に専務取締役、カロリーアップ委員会の委員長として、随時部下からの報告を受けながら、部長会ないしカロリーアップ委員会において、本件熱量変更計画の審議を主宰し、最終計画書とも目すべき「熱量変更計画の概要」を基本的に了承し、また熱量変更本部長として、熱量変更推進部長ら部下からの報告により熱量変更計画及びその実行の進捗状況を逐次把握しており、臨機の措置を採り得る立場にあつたのである。

なお、同被告人の弁護人は、カロリーアップ委員会の委員長、熱量変更本部の本部長などという同被告人の地位は、一般的かつ抽象的な、いわば名目的なものである、本件熱量変更実施を最終的に決定し得る立場にあつたのは、北ガス管理規程上からも社長安西であり、また、実質的にこれを決定したのは、ガス事業につき経験豊富な右安西及び副社長村上であり、具体的な計画は、実務に精通している営業部長安藤、相被告人髙野らが立案し、会議体による審議を経て、熱量変更推進部長青木が責任者として実施したものであつて、被告人三浦としては、他に余人をもつて代え難い多忙な職務があつたこともあり、熱量変更に関してはこれら上下の者に全幅の信頼を寄せて行動していたに過ぎない、本件熱量変更において求められた同被告人の主たる役割は、在京の社長、副社長に代つて対外的儀礼的役割を果たすことにあり、到底最高責任者の立場にあつたとは言えないと主張するが、計画遂行の実態を見ると、同被告人自身が一連の経過を掌握した上で枢要な種々の決定に実質的に関与しており、自らの考え次第で右立案、実施過程を左右し得たことは明らかである上、本件のような計画をそのまま実施すれば山口マンション事件及び野本マンション事件のような死傷事故を発生させるおそれがあることは、長年ガス事業に携つてきた同被告人としては、部下その他からの進言をまつまでもなく自ら予見することができたはずであり、予見しなければならなかつたのであつて、そのような観点から部下を指揮統括する責務があつたものと言うべきであるから、右主張は採用し得ない。

したがつて、被告人三浦は、形式及び実質の両面において、本件熱量変更計画の立案、実施の最高責任者であり、本件各事故発生のおそれを予見すべき義務に反してこれを予見しないまま、前記調整過誤の防止対策を講ずべき義務に反してこれを欠如した施策を推進したものとの評価を免れることはできない。

2被告人髙野の責務

被告人髙野は、北ガスの営業技術課長であつたほか、本件熱量変更に関しては、札幌地区における熱量変更について検討を開始したカロリーアップ準備委員会の委員ないし事務局長を努め、前記カロリーアップ委員会の事務局においてはその事務局員として総合計画の取りまとめ、部門計画の作成促進、進行状況の把握及び報告等委員会運営に関する事項、器具燃焼テスト、調査調整対策、教育訓練、技術指導等燃焼テスト及び調査、調整に関する事項などの業務に従事し、前記熱量変更本部においては同本部熱量変更推進部技術局長に就任し、熱量変更技術の統括指導に関する事項等同技術局の所管業務を指揮し、かつ推進部長、推進部副部長を補佐するとされ、その一環として、作業要員算出の最も基礎となるべき各ガス器具の調整作業時間を測定算出して事務局に提供すべき職責を有するなどしていたものであつて、まず形式的な側面において、本件熱量変更計画の立案、実施上、調整作業に関する実務と密接不可分な立場にあつたことは疑いがない。

そして、本件熱量変更の立案、実施経過を見ると、同被告人は、実質的には調整作業に関する実務の責任者たる立場にあつたものと考えられる。すなわち、同被告人は、かつて北ガスが函館地区で行つた熱量変更に際し中心的な役割を果たしていたことから、社内において熱量変更に関する第一人者と目されていたところ、カロリーアップ準備委員会においては自ら中心となつて昭和五〇年実施を前提とする熱量変更の答申書を取りまとめ、上層部において熱量変更の繰り上げ実施の方針が打ち出されるや、出張先から呼び戻されて直ちに繰り上げ実施の可否やその具体的方策などの検討に加わり、自ら中心人物の一人となつて前記「カロリーアップ計画の概要」の取りまとめに関わり、前記調整過誤の防止対策を欠如する原案を作成した上、これを審議、了承した部長会に出席して解説し、カロリーアップ委員会事務局員として、自ら技術面に関する検討作業の中心となつて「熱量変更計画の概要」を取りまとめるとともに、「調整作業順序図」更には「熱量変更器具調整ハンドブック」を作成し、その他調整作業に必要な数々の文書を起案するなどして細部にわたる検討を行い、熱量変更本部熱量変更推進部技術局長として、現場作業員に対する教育を担当するなどした上、ほぼ自らの原案どおりに立案された本件熱量変更計画の実施に関与し、基地長会議にも常々出席して調整作業の進捗状況を把握しており、臨機の措置を発議して実現し得る立場にあつたのである。

なお、同被告人の弁護人は、同被告人の北ガス組織内における職責は限られたものであり、各種の取りまとめ作業も命ぜられるまま単に原案を作成して上層部の決定に委ねたに過ぎないのであつて、同被告人が調整作業に関する実務の責任者であつたとは言えない旨を主張するが、同被告人は、熱量変更繰り上げ実施の契機となつた二月六日の予算会議にこそ出席していないものの、本件熱量変更計画の立案、実施に当たり、単なる技術的な事項にとどまらず、作業環境の設定に関わるものを含む本件熱量変更作業就中器具調整作業全般にわたり、各種の原案を検討作業の中核となつて作成し、上層部の決裁を経てこれを実行してきたものであり、自らの考え次第で右立案、実施過程を左右し得る立場にあつたことは明らかである上、本件熱量変更計画によつて山口マンション事件及び野本マンション事件のような死傷事故を発生させるおそれがあることは、長年ガス事業に携つてきた技術者である同被告人としては、自ら予見することができたはずであり、予見しなければならなかつたのであつて、そのような観点から原案を作成し、必要な修正を発議し、修正に必要な資料を提供する責務があつたものと言うべきであるから、右主張は採用し得ない。

したがつて、被告人高野は、形式及び実質の両面を総合すれば、本件熱量変更計画の立案、実施上、調整作業に関する実務の責任者であり、本件各事故発生のおそれを予見すべき義務に反してこれを予見しないまま、前記調整過誤の防止対策を講ずべき義務に反してこれを欠如した施策を推進したものとの評価を免れることはできない。

3小括

本件熱量変更計画の立案、実施過程には、実に多数の北ガス役員、北ガス社員が関与しており、その関与の仕方も様々であるところ、本件各事故に関する刑事責任を負担すべき立場にある者が被告人三浦、同髙野のみに限られるか否かについては、なお多分に微妙な点があるが、少なくとも右各被告人がそのような立場にあつたことは否定することができない。もとより、法は、人に不能を強いるものではない。死傷事故という結果の重大さに目を奪われるの余り、組織の最高責任者ないし実務段階の責任者に対し、発生した事故の結果責任を是非なく負担させ、同人らをして瑣事に釘付けし、大局を掌握して行うべき正当な組織体としての活動をいたずらに萎縮させるようなことがあつてはならないことは、当然である。したがつて、最高責任者がそれにふさわしい大きな視野から、実務の責任者がそれにふさわしい専門的な観点から、それぞれ果たすべき責めを果たしていたにもかかわらずなお事故が発生したような場合にまでその責任を追及するがごときは、厳に慎しまなければならない。しかし、本件においては、右各被告人がこれらの責めを果たす上でそれぞれ欠けるところがあつたものと考えざるを得ないのであつて、管理者としての過失責任を問われるのは、まことにやむを得ないと言うべきである。

(量刑の理由)

本件は、北ガスが昭和四九年に札幌地区において実施した熱量変更に際し、ガス器具の調整過誤から二件の一酸化炭素中毒事故を発生させ、一般需要家ら四名を死亡させるとともに、二名に傷害を負わせたという事案であるが、死傷の結果が極めて重大であることに加えて、需要家が日常と変わりない生活を続けるうち、自らの知らぬ間に生じたガス事業者の過誤により突然被害を受けるに至つたという極めて特異な内容を有している。元来、熱量変更は、大局的に見れば需要家全体の利益につながるが、直接的には北ガスが予算上の理由などを契機に需要家の意思とは関係なく一方的に実施するものであり、需要家側をしていやおうなしにこれを受け入れざるを得ない立場に置いているのであるから、それだけに、北ガスとしては、ガス器具の調整を確実に行うべき責務を強く負つていると言うべきであるのに、調整欠落という重大な過誤によつて死傷の結果を招来してしまつたことは、ガス事業者の使命に反し、ガス事業者に対する公共の信頼に著しく背くものと評さざるを得ない。調整過誤の発生に関する限り、需要家側には全く落度がなく、その責任は挙げて北ガス側に存するのである。そして、熱量変更の直後にこれらの事故が相次いで発生したことにより、被害者と同じ立場にある需要家一般が深刻な不安感を抱いたことは想像に難くなく、与えた社会的影響の拡がりにも軽視し得ないものがある。しかも、本件各事故が単に現場作業員の偶発的な調整過誤によつて発生したというにとどまらず、熱量変更作業における保安体制の欠陥に由来することを併せ考慮すれば、このような事故を引き起こしたガス事業者側は、全体として一層の非難に値すると言わなければならない。

しかしながら、本件においては、各調整過誤を人の死傷という深刻な結果に結び付ける被害者側の契機が存在したことも見逃すことはできない。すなわち、まず、山口マンション事件について見ると、鈴鹿方浴室の排気設備は元来多分に欠陥を有するものであつた上、排気筒内に鳥が巣を作つていたため、排気能力が極めて低下しており、排気設備が正常であれば、調整過誤があつてもこれほど深刻な結果を招くことはなかつたと思われること、本件浴室では調整作業前から排気不良に伴う不完全燃焼による一酸化炭素中毒の徴候が現れていたことでもあり、家人が今少し換気等に留意していれば、やはり事故は避けられたのではないかと思われることなどの事情が存在し、また、野本マンション事件について見ると、瞬間湯沸器を使用するに際し今少し換気に注意していれば、あるいは結果が変わつていたのではないかと思われる点が存在するのであつて、山口マンションの二階にいて階下から漏出した一酸化炭素により思わぬ被害を受けた二名の負傷者についてはともかく、その余の被害者については、広い意味において被害者側に帰せられるべき要因も否定することはできないのである。最も重大な死亡被害を受けた者の側にそのような要因が存在することは、本件各被告人の刑責を確定する上で留意を要すべき事情であると言えよう。

また、北ガスと本件各被害者側との間においては、いずれも和解、示談ないし調停が成立しており、各被告人がそれぞれの業務を遂行する過程で発生した本件各事故の態様にかんがみれば、北ガスの出捐によるものではあつても、右は、各被告人が利益に援用し得る性質のものと考えられる。

そこで、以上のような本件全体にかかわる事情に加えて、次に、各被告人の個別的な情状を見ることとする。

まず、被告人三浦は、本件熱量変更計画の最高責任者として本件各事故の責任を最終的に負担すべき立場にあるところ、当公判廷においては、道義的責任は感じているとしながらも、率直な自省の態度は見られないまま各種の強弁に終始し、北ガス内の他の者や被害者側へその責任を転稼するかのごとき言辞も弄するなど、必ずしも責任の自覚が十分でないやに見受けられ、その点ではまことに遺憾であるが、本件各事故が発生するまでの全過程を通覧すると、同被告人の過失ある行為が現実の死傷事故に結び付くまでには、熱量変更計画の立案、実施に参画した他の者や現場作業員の行為、更には被害者側の事情までもが、順次いずれも悪い結果を招く方向に集まつてしまつたという経緯があり、同被告人の行為と死傷の結果との関係が相当程度に間接的であることは否定し難い。また、同被告人が本件熱量変更に当たり保安体制の確立を怠つた背景には、自社及び同業の他社を通じて、従前熱量変更に伴うこの種事故が見当たらなかつたため、そこにまで思い至らず気を許していたという事情があり、本件がこの種事故の最初であつただけに、重大事故発生の予見がやや困難になつていたことも認められる。更に、同被告人は、本件熱量変更計画の進行中も決してこれのみに専従していたわけではなく、元来が事務系の出身であることもあり、詳細はその道の専門家と目される部下の者らに任せることとしていたので、余り細かいところにまでは考えが及び難かつたという事情も、理解し得ないわけではない。本件においては、これらが同被告人の刑責を否定するほどの実質を持つているわけではないが、その刑を量定するに当たつては、こうした事情を無視することはできないのである。そして、同被告人がこれまで長年にわたつて北ガスに勤務し、本件当時は代表役員として公益事業を営む同社に多大の貢献をしてきたこと、それにもかかわらず、本件各事故等を契機とし、その責任を自らとる形でまもなく専務取締役の職を辞し、既に社会的な制裁を受けていること、事案の性質上同被告人が再度同種過ちに至ることはあり得ないこと等の事情も認めることができる。

被告人髙野は、本件熱量変更計画中、ガス器具の調整作業に関する実務の責任者として本件各事故の責任を実質的に負担すべき立場にあるところ、当公判廷においては、過失の成否を争つているものの、他方自らの責任を深く自覚している様子も見受けられる。そして、同被告人の行為と死傷の結果との関係が相当程度に間接的であること、同種の前例がなかつたため重大事故発生の予見がやや困難になつていたことについては、被告人三浦について述べたところが、ほぼそのままあてはまるものと言える。また、被告人髙野にとつてみれば、熱量変更の繰り上げ実施は、自らに関係なく予算会議の場で突然提案され、技術系の幹部を含む北ガスの上層部から器具の事前調査を省略した上熱量変更を繰り上げ実施することが強い方向性をもつて示されたため、いかに実務に精通した技術者ではあつても北ガスの職制内では課長職に過ぎないこともあつて、基本的なところでは示された方針に抵触するような提案をすることは考えず、むしろ示された方針の範囲内で最大限の努力をすることに精力を注いだという点は、理解し得ないではなく、組織内にある実務段階の技術者がとる行動としては、自然であつたとも言うことができる。器具調整時間の見直しを怠つた点についても、同被告人は前記のような立場から広範な仕事を引き受け、他に焦眉の作業もあり、要員算出のためにはこれが不可欠とまでは言えず、事務局長等が採用されている数値が不正確であることを前提により余裕をもつた要員算出をするという方法もなかつたわけではない。本件においては、これらが同被告人の刑責を否定するほどの実質を持つているわけではないが、その刑を量定するに当たつては、こうした事情を無視することはできないのである。そして、同被告人が北ガスの社員としてこれまでに長年にわたつてまじめな勤務を続けており、その一端は本件熱量変更計画の立案過程における仕事振りにも現れていること、現時点においては本件各事故を惹起した北ガス側の要因については十分反省しており、同被告人が再度同種の過ちに至ることはあり得ないこと等の事情も認めることができる。

被告人岩室は、調整過誤に関する記憶が必ずしも明確ではないところから、一応事実を争つてはいるが、真実調整過誤を犯しているとすればその責任が極めて重大であることは、十分自覚している様子がうかがわれる。もとより、自ら調整過誤を犯した同被告人の責任は軽視し得ないのであるが、たまたま調整過誤を犯した場所が排気設備の劣悪な鈴鹿方浴室であつたことは、被害者らのみならず、同被告人にとつても、まことに不幸であつたと評すべきであろう。しかも、同被告人は、勤務先の命令により名古屋市から遠くこの札幌の地へ応援派遣され、連日慣れない町内をノルマに追われるように調整作業と悪戦苦闘するうち、本件調整過誤を犯すに至つたもので、割り当てられた仕事を懸命に消化しようとしたひたむきさが裏目に出たという側面があり、そこに至る経過には同情すべき点がある。そして、同被告人は、パロマ株式会社へ入社後ほどなくして本件熱量変更にかかわることとなつたが、その前後を通じ一貫して仕事熱心でまじめな社員として評価されてきたことなどの事情も認められる。

被告人樫山は、自ら調整過誤を犯したことを当初から認め、反省の態度を示している。同被告人は、元来札幌市内に居住していたとはいえ、やはり勤務先の命令により北ガスへ応援派遣され、被告人岩室とほぼ同様の状況下で本件調整過誤を犯すに至つたものであり、そこに至る経過には同情すべき点がある。また、同被告人が、自己の責任の重大さを自覚し、これまでに再三被害者の遺族を見舞うなどその慰謝の態度にはまことに真摯なものがあること、仕事振りや生活態度は日頃からまじめで何ら問題はなかつたことなどの事情も認められる。

以上に述べた諸般の情状を総合して各被告人の刑責を検討すると、本件各事故の結果はまことに重大であるが、本件における様々な特殊事情に照らすとき、右結果の重大さを直ちに各被告人の刑責に結び付けることは、必ずしも適切とは考えられない。もとより、被告人らを含めた北ガス全体の責任は、はなはだ重いと言わなければならないが、被告人ひとりひとりについてその過失内容をつぶさに吟味していくと、そこに体刑に相当するだけの実質的な責任を見い出すことは困難であると言わざるを得ないのである。そこで、被告人ら全員につき、いずれも所定刑中罰金刑を選択して処断することとし、右に述べた各被告人ごとの犯情を考慮した上、主文の刑を量定した次第である。

(求刑 被告人三浦、同髙野につき各禁錮二年、被告人岩室、同樫山につき各禁錮一年)

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官西田元彦 裁判官永井敏雄 裁判官今井 攻)

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